コーチングとは
“プチ放置プレー”!?
―― 優勝を決めたグリーンに向かうときの会話ですよね?
青木 ノリで言ったんですね。でもしぶこは「バックドロップ」というプロレス技を知らなくて。ジェネレーションギャップ(笑)。
―― 超訳すると「楽しいなぁ」「ねッ!」という会話だったのか、と。
青木 いやまぁコーチングとして意味を持つ言葉というほどではないんですが、とにかく二人とも試
合を楽しんでいました。すべてが自然体。全英であることすら忘れていたし、ピン付近に乗った、じ
ゃあ入れますか、って空気。ひたすらフツーの精神状態でした。
―― 緊迫した場面です。ネット上ではフツーじゃない二人だね、って。
青木 そうなんですか(笑)。彼女はあそこで決めようとしていたけど、鼻息荒いわけでもなく、もう19時近くで「早く帰りたい」とか言う。そういう流れの、“彼女には通用する”日常会話でした。
―― バーディを決めて早く帰る、と? そんな風に思えるとは……。
青木 しぶこは、できるんですね。最後のパットも、タッチを合わせてプレーオフへという発想はない。ちゃんと楽しんでいるから。それには下準備が大事です。練習のときから、つらくても笑っていられるか。青木翔は兵庫県で、ジュニア選手を中心にしたアカデミーを主宰してきた。2012年の設立当初は、いわゆるレッスン、ティーチングをしていたという。しかしあるとき、コーチングに切り替えた。
教えるのをやめてみたら選手は指示待ちせず自分で気づくんですね
「教える側が主体のティーチングではなく、僕の役割は、選手の一番の応援者となり、さまざまな気
づきをサポートすること」と話す。これまでのゴルフの指導は、方法を教えるのが主流だった。日本
の教育そのものが、公式を覚えさせ、応用編を解かせてきた。しかしこれは、教わる側がどこか指示
待ちをする思考となり、いざというときに自分で方法の選択ができなくなる、と。
―― とすれば、実際はどのように?
青木 見守るようになりました。ある日、ジュニアたちが練習しているのを遠目に眺めていたら、僕が技術を詰め込むように教えるときよりも楽しそうだったんです。以来、自由にさせていたら、彼らから質問が出るようになりました。
―― プチ放置プレーの成果ですね。
青木 質問に逆に聞き返してみると、結構いい答えが返ってきました。僕は、彼らから“教えないコーチング”を教わったんです。
―― 渋野さんを例にすると?
青木 しぶこの強いタッチのパッティングは、なぜできるか。返しの1㍍を想定した練習を毎日行い、自分の中に“解”があるから、本番で堂々と打てるわけじゃないですか。
9割は10㍎ショット。“しぶこ”は手を抜きませんね
―― 練習法は教えるんですね?
青木 はい、ドリルを提案しました。1㍍から5㍍連続カップイン練習や、7/9カップイン練習(円状に並べた9球を打つ。囲み記事1参照)。後者など最初はクリアに3時間かかりましたが、すでに彼女には多くの蓄積がある。再現性の高まりも、癖の把握も、心のディテールも。
【パッティング①】
雨なのに笑顔の理由は
試合会場でもドリルを欠かさない。1~5㍍の連続カップイン練習や、1~5㍍の距離に球を円状に並べ、うち9分の7以上カップインのルールで練習する。達成まで帰れず時には日没まで。こんな雨でも「あ、惜しい」と笑顔。青木の提案×素直な渋野のブレンドで、我々は沸かせるパットに出会えている。
―― 結構楽しそうにやりますよね。
青木 いくらかゲーム性もありますからね。初めて会った日にも、クロスハンドのスウィングを。ダフりやすい動きをするので、ターフ取って打ってと言ったら、ボールの手前の芝を削ったんですよ!? クロスハンドを試すと、見事に空振り(笑)。
―― カワイイ! ドライバーを打たせないって話もありますね。
青木 僕のところに来る選手は、ずっと10㍎のアプローチをしています。腹筋で振るなど基礎が詰まっていて、打つほどに感覚が深まります。
―― 渋野さんの反応は?
青木 「またこれやぁ」と笑ってます。今も片手とかバンカーでやるなど変化はつけていますが、同じことばかり。始めた当時は1日900球ほどかな。「終わるぞ」と言うまで、しぶこはやめません。あのモチベーションの高さというか、あんなに素直な人って、ねぇ(笑)。
青木コーチの仕事は
“笑顔の工場”なのか
渋野日向子は、今日も笑っている(たぶん)。観る側には力水となる絶対的な笑顔。同時にそれは自分への活力ともなっているらしい。全英女子オープン最終日に4パットでダブルボギーを記録したの
はご存じのとおり。青木コーチはそのとき、笑っていたそうだ。失敗は悪いことという態度はよろし
くない、むしろ成長の原動力との認識があり、笑顔でその非常事態を受けた。すると渋野も笑い、一
段ギアを上げ、優勝に突き進んだ。
【ショートスウィング】
脳が打つ感覚を発見する
アプローチショットが下手だった渋野は、ひたすら10㍎ショットを打ち覚醒した。自分と向き合いながら打ち続けると、腹筋でクラブをコントロールするなど“解”が見つかるのだと青木は言う。渋野もそれを実感できたのだろう、今も同じ練習を続行中。
―― この思考展開も、地道な基礎練習の中で育まれたのでしょうか。
青木 そうですね。まず、しぶこは“叶えたい夢持つ型”目標が明確でモチベーションが高く、手を抜くということがない人ですよね。
―― 自問自答して練習してきたのが想像されます。
青木 はい。彼女は完全に自走できている。失敗すれば悔しいんだけど、全力でやった失敗なら、凹むというより、前を見ていられます。覚悟があるから、笑っていられます。
【フルスウィング】
10yアプローチ延長戦
アプローチショットはドライバーの練習にもなると、特級のプレーヤーの間では昔から言われる。
そのとおりにやっている。頭が上方に動きやすい渋野の癖を共有し、10㍎ショットの中で得た基礎動作の出来具合をチェックしていく。
このコンビは現場経験やさまざまな学びから、〝笑顔〞と〝全力〞の力を理解している。哲学者みたいだが、それがトップアスリートの世界観なのだろう。
渋野日向子×青木翔
2017年プロテスト不合格(出会い、アカデミーで練習)
2018年プロテスト合格(夏)ステップ・アップ・ツアー(16試合、賞金10位)、JLPGAツアー(1試合、CUT)
2019年JLPGAツアー(4勝、賞金2位)、メジャー競技(全英女子オープン優勝)
写真/アラキシン、有原裕晶、岡沢裕行
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