日本ゴルフ史に名を刻む遺産的なコースを設計した赤星四郎。米国留学から帰国し、弟、六郎とともに本場のゴルフを日本に紹介した立役者。自らもトップアマとして日本アマに2度優勝。そんな赤星四郎が造ったコースには何度も回りたくなる不思議な魅力がある。

トップアマからプロの設計家へ。日本のゴルフの礎を築いた赤星兄弟

C・H・アリソン来日以前のコース設計は、設計するゴルファーのラウンド経験からほぼ無計画に造られることが多かったことが、1931年「GOLF」(目黒書店)への四郎の寄稿記事「ゴルフ界への待望」から読み取ることができる。

画像: 写真左端が赤星六郎、右端が赤星四郎。六郎の米国時代のゴルフの師であるボビー・クルックシャンク(左から二人目)が来日した際の1枚

写真左端が赤星六郎、右端が赤星四郎。六郎の米国時代のゴルフの師であるボビー・クルックシャンク(左から二人目)が来日した際の1枚

「これまでのコース築造は一定の方針、計画というものがなかったが、アリソンの来日によってコース設計がいかに緻密な計画が必要かを知った」(四郎)

アリソンの現場通訳をこなした赤星兄弟、とくにすでに霞ヶ関カンツリー倶楽部東コースの設計に携わっていた四郎が、アリソンから設計のイロハを学んだことは容易に想像がつく。

なお、アリソンは四郎設計の霞ヶ関カンツリー倶楽部東コース10番ホールを絶賛している。自身のラウンド経験から造ったホールを、世界の一流設計家から褒められたことは大変嬉しかったに違いない。この出会い以降、四郎はプレーヤーとしてよりも設計家としてゴルフに携わることを選択する。

日本人初のプロの設計家と言っても間違いではないだろう。

【赤星四郎が設計した改造前の霞ヶ関CC東コース10番パー3】

画像: 赤星四郎、藤田銀哉などが分担して設計。その後アリソン来日で改造された。(往時のボール拾い写真)

赤星四郎、藤田銀哉などが分担して設計。その後アリソン来日で改造された。(往時のボール拾い写真)

霞ヶ関カンツリー倶楽部
埼玉県川越市笠幡3398
TEL.049-231-2181
東コース18ホール/7466ヤード/パー71
改造/C・H・アリソン(1930年)、トム・ファジオ、ローガン・ファジオ(2016年)
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「自然に語らせる」設計が赤星四郎の真骨頂

一面の大草原を見渡した赤星四郎は「ゴルフコースにされるために待っていた敷地、まさに陸のリンクスだ」とつぶやいた。あるがままの自然の中に戦略性にあふれたコースレイアウトを展開し、自ら生涯最高の作品と自負したのが、箱根カントリー倶楽部だ。

【あるがままの陸のリンクス。箱根カントリー倶楽部】

開場当時のクラブハウスは現在の12番背後の高台にあったが、芦ノ湖からの風で老朽化が進み、わずか10年で鉄筋2階建ての現ハウスに。旧1番が現在の9番。旧2番が現在の1番ホールに変更された。

画像: 7番のグリーン奥に流れるクリークから

7番のグリーン奥に流れるクリークから

自然の造形にできるだけ手を加えることは避け、仮に手を入れてもそのことを感じさせないように設計。箱根外輪山の稜線とコース内の地平の変化を対応させて、上級者には挑戦意欲を、アベレージにはやさしいルートを提供して楽しめるよう、力量に応じた複数の攻略ルートを用意した。

まさにアリソンやアリソンの師匠ハリー・コルトの設計理念が生きているコースと言える。

【ここが赤星四郎その1/できるだけ自然を生かす】(箱根CCより)

画像: 「あるがまま」を基本に、重機を極力使わない手造り工事

「あるがまま」を基本に、重機を極力使わない手造り工事

【ここが赤星四郎その2/大地の起伏をそのまま利用したグリーン】

画像: 現在の1番ホールグリーン。周囲の起伏とグリーン面の起伏を一体化させている

現在の1番ホールグリーン。周囲の起伏とグリーン面の起伏を一体化させている

【ここが赤星四郎その3/四角形からグリーンを想定】

画像: 地形に貼り付けるようにグリーンを造成。まず四角形を想定し、隅を落として形を造り出す。円形ではなく四角形を想定するのは当時の米国設計に通じる

地形に貼り付けるようにグリーンを造成。まず四角形を想定し、隅を落として形を造り出す。円形ではなく四角形を想定するのは当時の米国設計に通じる

【ここが赤星四郎その4/ただの花道ではない。これは「エプロン」】

画像: 箱根CCの「エプロン」はグリーンと同じ下部構造で同じ芝を貼って刈り込む。造成にも管理にもコストがかかるため、エプロンが残っているコースは数少ない

箱根CCの「エプロン」はグリーンと同じ下部構造で同じ芝を貼って刈り込む。造成にも管理にもコストがかかるため、エプロンが残っているコースは数少ない

箱根カンツリー倶楽部
神奈川県足柄郡箱根町仙石原1245
TEL.0460-84-8571
18ホール/7109ヤード/パー72
開場/1954年
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アンジュレーションこそゴルフの生命。

約半世紀にわたり、コース設計に携わってきた四郎の持論は「コースがゴルファーひとりずつの人格と力量を試そうと待ち構えている」というものだった。ホールの途中にあえてペナルティを設けなくても、極力自然のままの状態を保つことがゴルフ発祥の精神なのだとも言い続けた。

「アンジュレーションこそ、ゴルフの生命。もしコースが湖面のように平たん続きなら、ゴルフは滅びていただろう。心からアンジュレーションを愉しまなくて、何がゴルフだ」。自然との共存を四郎はとにかく大事にした。

【生涯の傑作を造りたい。あつまる阿蘇赤水ゴルフ倶楽部】

予定地を視察した四郎が「これは素晴らしい。設計料などは問題ではない。生涯の傑作コースを造りたい」と興奮したという。

画像: 中岳コース 13番ホール、364ヤード、パー4。秋にはススキの穂が一面に出て、ホールをセパレートする

中岳コース 13番ホール、364ヤード、パー4。秋にはススキの穂が一面に出て、ホールをセパレートする

あつまる阿蘇赤水ゴルフ倶楽部
熊本県阿蘇市赤水1815-1
TEL.0967-35-1200
27ホール/10206ヤード/パー108
開場/1966年
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四郎は自然の中にフェアウェイとグリーンを探し求めた

1957年のカナダカップを機に日本に第一次ゴルフブームが訪れる。ゴルフ人口は倍増し、コースの建設ラッシュがはじまった。戦前からコース設計家として活躍していた四郎のもとには多くの依頼があり、1971年に亡くなるまで多くの作品を残した。

残念ながら消えたものも含め、生涯30余ものコースを設計。年代や場所によって多少異なるが、「地形、高低差がコースの命。アンジュレーションこそ、このゲームそのもの」という四郎の理念は今でもコースに残されている。そんな思いのこもった四郎のコースは、だから何度でもチャレンジしたくなるのだ。

【そうなんだ!あそこもここも赤星四郎設計】

【戦争を跨いで二度設計。函館ゴルフ倶楽部】

戦前の昭和11年と戦後の昭和39年の2度にわたり赤星四郎が設計。砲台グリーンと起伏あるフェアウェイが特徴。5番(14番)から望む函館山と津軽海峡はまさに絶景。四郎もこの景色を楽しんだ

函館ゴルフ倶楽部
北海道函館市見晴町58
TEL.0138-59-2318
9ホール/3210ヤード/パー36
開場/1972年
設計/1936年、1964年
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【ここは水のない廣野のインコース。仙塩ゴルフ倶楽部浦霞コース】

東北初のゴルフ場として「ヒリーでなく、フラットでなく、感じは廣野GCのカミングインの水のないところ」と評した地形に設計。工事は意外と手間取り6ホールで開場。戦後3ホールが追加され、現在にいたる

ゴルフコースことはじめ「仙塩ゴルフ倶楽部浦霞コース」の記事はこちら

仙塩ゴルフ倶楽部浦霞コース
宮城県塩竃市庚申1
TEL.022-364-3321
9ホール/2889ヤード/パー36
開場/1935年
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【自然と一体化する砲台グリーン。富士カントリークラブ】

画像: 17番ホール、471ヤード、パー5

17番ホール、471ヤード、パー5

石橋湛山元首相が音頭をとり、親戚にあたる四郎に設計を依頼。コースを造るのではなく、フェアウェイもグリーンも自然の中から探し求め18ホールを揃えた。大胆とも言えるアンジュレーションは自然の産物だ

富士カントリークラブ
静岡県御殿場市東山2472
TEL.0550-82-1616
18ホール/6789ヤード/パー72
開場/1958年
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【四郎らしい芸術作品。熱海ゴルフ倶楽部】

画像: 1番ホール、128ヤード、パー3

1番ホール、128ヤード、パー3

熱海に別荘を持つ東京ゴルフ倶楽部のメンバーが中心になって設立。戦時下に造られたコースでツルハシとモッコによる手作業で造成。赤星四郎らしい地形を生かしたコースで熱海の宝石「芸術」とも言われている

熱海ゴルフ倶楽部
静岡県熱海市伊豆山1171
TEL.0557-82-5335
9ホール/2234ヤード/パー33
開場/1939年
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【ここの斜面はゴルファーの試験会場。御殿場ゴルフ倶楽部】

画像: 13番ホール、460ヤード、パー5

13番ホール、460ヤード、パー5

あるがままの自然を保つことでゴルフの原点が楽しめると考えていた四郎は、「面白い地形だ。ここの斜面はゴルファーにうってつけの試験会場になる」と考えた。赤星四郎最後の遺作

御殿場ゴルフ倶楽部
静岡県御殿場市神山1924-2
TEL.0550-87-1555
18ホール/6281ヤード/パー72
開場/1971年
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【大きくうねるフェアウェイ。程ヶ谷カントリー倶楽部】

画像: 16番ホール、376ヤード、パー4

16番ホール、376ヤード、パー4

日本を代表する名門倶楽部のひとつ。「山坂や木々が多く、何をコースの景色に取り入れるかを思案した」(四郎)

程ヶ谷カントリー倶楽部
神奈川県横浜市旭区上川井町1324
TEL.045-921-0115
18ホール/6797ヤード/パー72
開場/1922年
移転/1967年
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【仙石原の起伏がそのまま。富士屋ホテル仙石ゴルフコース】

画像: 15番ホール、379ヤード、パー4

15番ホール、379ヤード、パー4

関東のクラシックリゾート箱根に9ホールで運営されていたが、拡張計画が整い赤星四郎設計のインコースを竣工し18ホールに。台風の影響で少々レイアウトは変わったが、ほどんど昔のままの面影を残す

富士屋ホテル仙石ゴルフコース
神奈川県足柄下郡箱根町仙石原1237
TEL.0460-84-8511
開場/1917年
インコース9ホール開場/1935年
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【大山を望む平坦な草原に。本厚木カンツリークラブ】

画像: 【大山を望む平坦な草原に。本厚木カンツリークラブ】

「穏やかな傾斜を持ち、しかも最良の環境に恵まれたフラットなコース。生涯このようなコースは手掛けることはないだろう」(四郎)。18ホールで唯一異彩を放っている10番パー4は「自然との共存」を理念とする赤星四郎のこだわりか

本厚木カンツリークラブ
神奈川県厚木市飯山1700
TEL.046-241-4111
18ホール/6821ヤード/パー72
開場/1962年
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【東コースと中コースを設計。伊豆にらやまカントリークラブ】

画像: 【東コースと中コースを設計。伊豆にらやまカントリークラブ】

27ホールのうち東と中の18ホールを設計。東コースは自然の起伏を生かし、中コースは距離は短めだか戦略性が高く、正確なショットを必要とする

伊豆にらやまカントリークラブ東・中コース
TEL.055-944-2222
東・中18ホール/6607ヤード/パー72
設計/(東・中コース)赤星四郎、(西コース)加藤俊輔(1992年)
開場/1961年
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【ゴルフ場として誠に理想的。葉山国際カンツリー倶楽部エメラルドコース】

画像: 2番ホール、325ヤード、パー4

2番ホール、325ヤード、パー4

「雄大な自然で設計意欲がわくばかりか、都心から近い立地プレーヤーにとっていい。この起伏はゴルフ場として誠に理想的だ」(四郎)。1966年、新葉山カントリークラブ完成。1967年、葉山国際カンツリー倶楽部と統合、エメラルドコースとなる

葉山国際カンツリー倶楽部エメラルドコース
神奈川県三浦郡葉山町木古庭1043-1
TEL.046-878-8110
改造/2014年ベントの1グリーン化
開場/1961年
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【多摩丘陵の起伏を活用。桜ヶ丘カントリークラブ】

画像: 13番ホール、558ヤード、パー5

13番ホール、558ヤード、パー5

多摩丘陵特有のうねりを生かしたアンジュレーションがある。戸塚、武蔵笹井、大洗の改造を手掛けた大久保昌氏によってベントのワングリーンとなった。

桜ヶ丘カントリークラブ
東京都多摩市連光寺2985
TEL.042-375-8811
18ホール/6712ヤード/パー72
改造/大久保昌
開場/1960年
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【大胆不敵なレイアウト。東京国際ゴルフ倶楽部】

画像: 11番ホール、420ヤード、パー4

11番ホール、420ヤード、パー4

多摩丘陵の変化に富んだ地形を利用。1番は池越えのパー4で左が谷。5番は打ち上げのパー5。距離よりも正確性を必要とする気の抜けない18ホール。

東京国際ゴルフ倶楽部
東京都町田市下小山田町沼押1668-1
TEL.042-797-7676
18ホール/6615ヤード/パー72
開場/1961年
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【実は四郎、六郎の兄弟合作。我孫子ゴルフ倶楽部】

開場80年を迎えた2013年、米国でクラシックコースの改修実績が70以上もあるブライアン・シルバとカイ・ゴールビーが1グリーンコースへ改造。世界基準のモダンクラシックコースに生まれ変わった。

我孫子ゴルフ倶楽部
千葉県我孫子市岡発戸1110
TEL.047-182-0111
18ホール/6912ヤード/パー72
改造/ブライアン・シルバ、カイ・ゴールビー
開場/1930年
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【長男鉄馬の次男、弥次との共作。上総富士ゴルフ倶楽部】

画像: 開場から4年後、1976年当時の上空写真

開場から4年後、1976年当時の上空写真

赤星家で四郎、六郎のほかにコース設計に進んだのが四郎の兄、鉄馬の次男、弥次。四郎の甥となる弥次は、上総富士をはじめ、エンゼルCC(千葉)、二丈CC(福岡)など5コースを手掛けた。

上総富士ゴルフ倶楽部
千葉県君津市大坂富士山1639
TEL.0439-29-2713
設計/赤星四郎、赤星弥次
開場/1972年
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【四郎作品には珍しい林間コース。霞ヶ浦国際ゴルフコース】

画像: 9番ホール、470ヤード、パー4

9番ホール、470ヤード、パー4

フラットな地形に広がる林間コース。バンカーのアゴが高く、簡単に出させないところが四郎らしい。

霞ヶ浦国際ゴルフコース
茨城県つくば市下原368
TEL.029-836-1154
18ホール/7080ヤード/パー72
開場/1960年
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【玄界灘のシーサイドコース。芥屋ゴルフ倶楽部】

赤星四郎晩年の傑作。16番のガードバンカーはあごが高く、その形状はオリジナルのまま残る。男子ツアーKBCオーガスタの舞台としておなじみのチャンピオンコース。

芥屋ゴルフ倶楽部
福岡県糸島市志摩芥屋1-1
TEL.092-327-1500
18ホール/7139ヤード/パー72
開場/1964年
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【ショートコースでも本格派。殿原倶楽部】

画像: 9番ホール、139ヤード、パー3

9番ホール、139ヤード、パー3

グリーンはマスターズの舞台オーガスタと同種のニューベントを採用。ショートコースとは思えない高速グリーンが楽しめる。江連忠が主宰するゴルフスタジオ「ETGS山梨校」を併設する。最短89ヤード、最長240ヤードの9ホールはショートコースとしては長めの設定となっている

ショートコースに行こう「殿原倶楽部」の記事はコチラから

殿原倶楽部
山梨県南駒郡富士川町最勝寺1538
TEL0556-22-0904
9ホール/1323ヤード/パー28
開場/1964年
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週刊GD2017年6月20日号より

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