“元祖プレーボーイ”の名を馳せる一方で将来を見通してゴルフ振興の土台を作った大倉財閥2代目総帥。英国郊外の美しい田園風景を作ろうと、伊東の地に広大な土地を買った。それがゴルフ場となり、希代の名コースとなる。現代では想像もつかないほどスケールの大きな趣味人であり、ゴルフのよき理解者だった。

川奈に理想郷を描き、ハイカラ男爵と呼ばれた大倉喜七郎

ケンブリッジに留学中に身に着けた英国仕込みのセンスで、ゴルフ、スキー、車、音楽、ファッション、絵画など、いち早く欧米文化を取り入れ、日本に広めていったことでも知られる大倉喜七郎。

そのスケールは大きく、「日本には泊まるべきホテルがない、食べるべきレストランがない、見るべき劇場がない」と、父の跡をついで帝国ホテルや東京會舘、帝国劇場などの社長職に就き、観光業に尽力したほど。

日本の文化的レベルを向上させたいと言う思いは、やがて川奈ホテルやホテルオークラの設立によって結実していくことになる。

画像: 川奈に理想郷を描き、ハイカラ男爵と呼ばれた大倉喜七郎

バロン・大倉喜七郎(1882-1963)
男爵。父は大倉財閥創始者の大倉喜八郎。帝国ホテル会長を経て川奈ホテル、ホテルオークラなどを創業。趣味人として知られ、財閥の2代目総帥としての事業の傍ら、文化事業にも多くの功績を残した。

1928年に開場した川奈ホテル(大島コース)は、もとはといえば乗馬を楽しむ牧場になるはずだった。日本に「カントリー・エステイト」を造るという長年の夢を実現するため、大倉喜七郎が自ら見分して選んだのは切り立った断崖を持つ半島。

しかし、溶岩台地からなる地は乗馬に不向きとわかり、側近は「ゴルフ場なら造れる」と提案。大島コースが誕生した。

画像: 川奈ホテル大島コース

川奈ホテル大島コース

「60万坪の敷地に2メートルもの客土を沼津港から船で運び、専用埠頭を造って人力で上げた」(川奈ホテル元社長・長谷川二朗氏)という大プロジェクトだった。出来上がったコースからは民家や鉄道など日常を連想させるものを見せてはならないと裏山まですべて買い取り、その景観は80年以上たった今も変わっていない。

画像: 大島1番ホール(354Y・P4)

大島1番ホール(354Y・P4)

富士コースの設計をアリソンに要請した

喜七郎は、大島コースとは別にチャンピオシップンコース(富士コース)の構想を当初から持っていた。東京ゴルフ倶楽部朝霞コースと廣野ゴルフ倶楽部の設計視察のためにC・H・アリソンが来日中と聞き、新コース設計をアリソンに要請する。

画像: 富士コース 11番ホールと12番ホールを海から臨む

富士コース 11番ホールと12番ホールを海から臨む

画像: 富士コース11番(619Y・P5)灯台に向かって打っていくシグネチャーホール

富士コース11番(619Y・P5)灯台に向かって打っていくシグネチャーホール

この時、療養のため川奈を訪れていた井上誠一がアリソンの仕事ぶりを見て、家業の医者を継ぐのをやめてコース設計家を目指したのは有名な話だが、喜七郎がそれをバックアップしたことはあまり知られていない。

井上のスケッチを見て、その能力を見出し「本物を見て学んで来い」と欧米に送り出したのも喜七郎だった。のちに名匠となった井上は、喜七郎がオープンさせた赤倉観光リゾートにゴルフコースを設計することになる。

誰もがゴルフを楽しむ時代を予見

大島コースの開場から数年後、川奈では日本のゴルフ史上に残る事件が起きている。静岡県がゴルフは贅沢な遊びであり、よって川奈の来場者には課税すべきとゴルフ税新設を決議。

「ここはやがて国際的な名所になる」と赤字を自分で補填しながら世界レベルを目指していた喜七郎は猛抗議したが、県とはついに相容れず、ゴルフ場閉鎖という強硬手段に踏み切ったのだ。国の有力者までが調停に動き、県がゴルフ税を撤廃するまで閉鎖期間はおよそ半年間続いた。

自身はスコアに執着するほどのアスリートゴルファーではなかったが、喜七郎はやがて来るであろうゴルフをだれでも楽しめる時代のために力を注いだ。技術向上にと私費でトーナメントを開催し、プロの育成にもいち早く取り組んでいた。

スコアには全く執着しなかった

川奈一門のプロ、杉本国明さんはこう振り返った。「川奈ではご自分のお気に入りのホールをいくつかラウンドするのが大倉さんのスタイルでした。綺麗な、しっかりしたスウィングでした。私が研修生として入った時に、ご自身のクラブを一式くださったことがありました」

身のまわりのすべてに一流を好んだ

喜七郎の孫、大蔵喜彦さんはこう述懐する。「普段は背広姿で、アンダーソン&シェパードやヘンリープールで設えたものを着ていました。私が英国に駐在した時、ある店で『お爺さんの顧客名簿がある』と見せてもらったことがあるのですが、その数が大量で……。こちらは一着でも相当な覚悟で出かけたのに(笑)」

画像: 喜七郎が愛用したヘンリー・プール社の上着に、秘書に譲ったクラブ。川奈ホテルに着くと、まずロビーからの景色を眺めたという

喜七郎が愛用したヘンリー・プール社の上着に、秘書に譲ったクラブ。川奈ホテルに着くと、まずロビーからの景色を眺めたという

海となだらかな丘陵地の絶景、はるか北には富士山、太平洋の南には大島が見渡せる

「ホテルやゴルフコースは社会還元のつもりで所有するもの」「儲けなど考えるようでは持つ資格がない」。“最後のミリオネアー”は、本当の意味でゴルフのよき理解者だった。(了)

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画像: 誰もがゴルフを楽しむ時代を予見

EDIT/Katsumi Tomita

チョイス2010年3月号より

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