井上誠一、上田治に並ぶ、昭和のゴルフコース設計界の「三傑」佐藤儀一。井上、上田との違いは、佐藤自身が国内トップクラスの競技ゴルファーであったこと。日本アマ4勝という経歴をもとにした設計論は、つねに「プレーヤー目線」が貫かれている。

「飛距離はゴルフの20%にすぎない」持論のひとつ

広島県福山市出身の佐藤は高校時代に渡米、カリフォルニア大学で工業デザインを学んでいる時にゴルフに出会う。大柄な米国人と競い合うなかで、「飛距離はゴルフの20%にすぎない」「ボールの落下地点があればいい」という持論を持つようになった。

コース設計家・佐藤儀一研究①はこちら

帰国後、日本アマ競技で3連勝を含む、4勝、英国人設計家C・H・アリソンがデザインした「廣野ゴルフ倶楽部」ではクラブ競技12連覇、廣野のキャプテンを務めた。プレーヤーとしてアリソン設計の影響を濃く受けたことが推察できる。

設計家・佐藤のソロデビューとなった石川県加賀市の「片山津ゴルフ倶楽部」は、自ら選んだ日本海沿いの防風防砂林の松林を敷地に造られた(白山コース 1959年・18H開場)。

1グリーンを囲むアリソン式のバンカリングと、持論の「ボールの落下地点があればいい」が相まって、北陸屈指のチャンピオンコースとなった。

グリーンは山塞、バンカーは堀のごとく。アゴは難攻不落の城壁か

画像: 白山コース6番ホール(331Y・P4)

白山コース6番ホール(331Y・P4)

片山津が開場した後、「廣野の孫」などと呼ばれたこともあった。(上写真の)赤いフラッグのピンとバンカーの深さを比べたら、どれほど深い「砂の堀」なのかがわかるだろう。アプローチとパットの名手だった佐藤からすれば、「これぐらいの迫力があって、はじめてハザードとなるでしょ」と語ったのでないか。右サイドに花道を残すデザインはアベレージゴルファーでも楽しめる複数ルートを生む手法。

「フェアウェイの幅は45ヤードあれば十分」」と語った佐藤。(上写真の8番)右サイドにはセカンド地点からグリーン周りに7つのバンカー。左は松林が自然のハザードの役目。右のガードバンカーに入ったら、カップに向かって下りのスロープ。

画像: 白山コース16番ホール(546Y・P5)砂地に浮かぶアイランドグリーン

白山コース16番ホール(546Y・P5)砂地に浮かぶアイランドグリーン

画像: 白山コース16番ホール(546Y・P5)

白山コース16番ホール(546Y・P5)

16番は、手前から見ると「砂の堀に守られた要塞」のように見えるが、グリーン奥にはバンカーがない。大きめに狙うのがセオリーだ。

18番は右に5つ、左に3つ、奥に2つのバンカー

画像: 白山コース18番ホール(448Y・P4)

白山コース18番ホール(448Y・P4)

画像: 18番ホール、グリーン左サイドのバンカーは深い

18番ホール、グリーン左サイドのバンカーは深い

「ラフよりもバンカーのほうが簡単」という上級者がいるが、自らトップアマだった佐藤儀一のバンカーは、残り距離とグリーンへのアングルでアゴの高さと角度が次々変わる。18番のバンカー群もそれを体現している。右サイドのトリプルバンカーはアゴの傾斜がややゆるやか、対して左の大きなガードバンカーは、アリソン式そのもの。

バンカーをアイコンとして見せることで、ゴルファーに「見て、考えて、打つ」ことを教えている。

1993年、片山津GCは「高麗芝」の1グリーンから、「ペンA2」芝のベント1グリーンに替わり、2003年に「日本アマ」、2004年に「日本オープン」を開催した。優勝は谷口徹。飛ばし屋とは言えないショートゲームとパッティングの名手が制覇した、半世紀ほど前、佐藤儀一が展開したコース哲学と、ただの偶然ではないはずだ。

2004年日本オープン(片山津GC白山)、優勝は谷口徹

片山津ゴルフ倶楽部片山津ゴルフ場
石川県加賀市新保町ト1-1 ☎0761-74-0810(白山・日本海・加賀C)
開場日:昭和32年11月
コース:18H/7118Y/P72(白山)
    18H/6588Y/P72(日本海)
    18H/7038Y/P72(加賀)
設計:佐藤儀一(加賀コースは平成8年 加藤俊輔が改修)   

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