大倉喜七郎が創業した日本を代表するクラシックリゾート、川奈ホテルと赤倉観光ホテル。川奈にはC・H・アリソン&大谷光明、赤倉には井上誠一と、名匠が設計したコースがあるが、川奈と赤倉の現在があるのは、ひとりの芸術家のおかげかも知れない。50年以上たった今でも彼のデザインは斬新で色あせない。
画像: レストランのメニュー、ポスターやパンフレットだけでなく、食器や絨毯、スコアカードからキャディの制服まで、ホテルとコースの、およそ目につく、ありとあらゆる装飾品を手掛けた繁岡鑒一。灰皿の色や、小さなマッチ箱ひとつにもこだわった

レストランのメニュー、ポスターやパンフレットだけでなく、食器や絨毯、スコアカードからキャディの制服まで、ホテルとコースの、およそ目につく、ありとあらゆる装飾品を手掛けた繁岡鑒一。灰皿の色や、小さなマッチ箱ひとつにもこだわった

繁岡鑒一(しげおか・けんいち)1895~1988
東京美術大学(東京芸術大学)日本画科を卒業後、フランク・ロイド・ライト建築事務所設計部(インテリア部門)に勤務し、帝国ホテルの「孔雀の間」他の彩色壁画を制作。その後、川奈ホテル、赤倉観光ホテル、ホテルオークラなどのインテリアやその他美術面を担当。歌舞伎、新派、新国劇、現代劇など昭和前期を中心に舞台装置家としても活躍

絵画、イラスト、カリグラフィー、キャッチコピーに空間デザインまで。豊かな想像力で多彩な才能を発揮

今でもハイカラでモダンなデザイン

「小さい頃、廊下をバタバタ歩いていると『うるさい!』とよく怒られました。当時は気難しい父だと思いましたが、今思えば仕事に集中していたので、静かにしてほしかったんですね」 と娘の春子さん。

繁岡の仕事ぶりは「すべてを理解して、全体像を把握してから仕事にとりかかっていました。帝国ホテルではライトの考え方や技法を頭にインプット。川奈ホテルは、大倉喜七郎さんが、どんな ホテルを目指しているのかを理解したうえで、その土地を知ることから始めました」。

川奈ホテルでは、常にスケッチブックを片手にコースを歩き回る繁岡の姿が見られたという。

アントニン・レーモンド、文壇ゴルフとも繋がる。東京GC駒沢Cでゴルフと出合った

林愛作との出会いが、ゴルフとの出会い

帝国ホテル支配人、林愛作邸はライト設計で東京GC駒沢コースに隣接して建てられた。現在でも電通・八星苑として残っているが、林邸を訪ねた繁岡鑒一は、林に連れられコ ースを歩き、駒沢コースの全景図を描いたと述懐している。

数々のクラブハウスを手掛けたアントニン・レーモンドからも装飾壁画の依頼を受け、早くから面識があった。春子さんも「『 レーモンド』 と父が口にするのをよく聞いた」という。

終戦と共に川奈ホテルに勤務するが、戦前は舞台装置家としても活躍。数々の舞台を手掛け、作者とも面識があっ た。そのなかには川口松太郎や獅子文六など文壇ゴルフの面々も。

戦後の川奈では文壇コンペがしばしば開かれ、川口松太郎が優勝したり、井上靖や坂口安吾、水上勉らがプレ ーしたが、これも偶然ではなさそうだ。

HCは11だっ たという繁岡鑒 一。こんな芸術家がいたなんて、今までなぜ知らなかったのだろう?

週刊GD2018年6月12日号 PHOTO/Takanori miki、Akira Kato

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