平成30年間のゴルフ回顧録その2。平成11年から20年の間は、宮里藍や石川遼という天才少年少女が誕生、また、最強だった女性ゴルファー、アニカ・ソレンスタムの引退。目まぐるしい変化を見せる時代となった。

平成11年(1999年)

全英オープン、カーヌスティの悲劇
1999年、第128回全英オープンの舞台は2018年と同じスコットランドのカーヌスティが舞台だった。最終日の最終ホール18番を、2位に3打差をつけてトップで迎えたジャン・ヴァン・デ・ヴェルデ。ティショットを曲げ、2打目をラフに入れ、そして3打目はグリーン手前の小川「バリーバーン」に落とし、結局トリプルボギーでプレーオフとなり、敗れて優勝を逃した。

画像: バリーバーンからウォーターショットを試みようとするが断念。結局、ドロップして打つも5打目はバンカーに。6オン1パット

バリーバーンからウォーターショットを試みようとするが断念。結局、ドロップして打つも5打目はバンカーに。6オン1パット

平成12年(2000年)

ゼクシオ、プロV1が発売
今や国民的クラブとなり現在は10代目となっているゼクシオの初代が発売されたのは2000年。片山晋呉が使用し初の賞金王に輝いた。世界ナンバー1ボール「プロV1」もこの年に発表されると、たちまちツアーで結果を出し、翌年市販された。

画像: 初代ゼクシオ

初代ゼクシオ

画像: タイトリスト「プロV1」もこの年に発売

タイトリスト「プロV1」もこの年に発売

平成13年(2001年)

丸山茂樹が米ツアー初優勝
2001年のグレーターミルウォーキーオープンで、本格参戦2年目の丸山茂樹が米ツアー初優勝。日本人の米ツアー優勝は1983年の青木功のハワイアンオープン以来18年ぶりで、米国本土は初の快挙。その後、丸山は米ツアー通算3勝を挙げた。

画像: グレーターミルウォーキーオープンで初優勝

グレーターミルウォーキーオープンで初優勝

平成14年(2002年)

ジャンボ尾崎 国内ツアー最年長優勝
2002年の全日空オープン最終日。左ドッグレッグの17番パー5をジャンボ尾崎と並び首位タイで迎えた藤田寛之は、2打目の3番ウッドで左の林越えで2オンを狙う。しかし、ボールは木を越えず林の中へ。痛恨のボギーを叩いて後退。ジャンボが55歳7か月29日で勝利を飾り、ツアー史上最年長優勝記録を樹立。藤田は10年後の2012年に同大会を制しリベンジした。

画像: 55歳7カ月29日のツアー史上最年長優勝記録を樹立

55歳7カ月29日のツアー史上最年長優勝記録を樹立

平成15年(2003年)

宮里藍 高校3年でツアー優勝
2003年のミヤザキテレビ杯ダンロップ女子オープン。アマチュアでたった一人予選を通過した地元・東北高校3年の宮里藍が30年ぶりとなるアマチュア優勝を果たす。その後、プロ入りを宣言、史上初の女子高校生プロが誕生した。

画像: 高校生の宮里藍

高校生の宮里藍

不動裕理 前人未到の年間10勝
2003年の国内女子ツアー最終戦、リコーカップを制した不動裕理。国内ツアー初となる年間10勝という大記録を達成。翌年には通算30勝目を挙げ永久シードを獲得。2000年から2005年まで6年連続賞金女王にも輝いた。

画像: 年間10勝の賞金女王

年間10勝の賞金女王

平成17年(2005年)

宮里藍&北田瑠衣 ゴルフW杯優勝
2005年に南アフリカで開催された第一回ワールドカップ女子ゴルフで日本代表の宮里藍&北田瑠衣ペアがトータル3アンダーで世界の頂点に立った。

画像: 平成17年(2005年)

平成19年(2007年)

石川遼 ツアー最年少優勝
2007年のマンシングウェアKSBカップで高校1年生だった石川遼が、史上最年少の15歳245日でツアー初出場、初優勝を飾った。一躍時の人となり、ゴルフ界にとどまらない「ハニカミ王子」ブームを巻き起こした。

画像: 当時15歳245日

当時15歳245日

平成20年

アニカ・ソレンスタム引退
2008年5月13日、スウェーデンのアニカ・ソレンスタムが37歳の若さで、この年限りでツアーからの引退を表明。1993年にプロデビュー、LPGA通算72勝、メジャー10勝、賞金女王8度獲得と偉大な記録を残した。

画像: 平成20年

シャフト交換機能付きクラブが登場
SLEルールが施工された2008年、キャロウェイからシャフト交換ができるドライバー「i-MIX」が発売。現在の“カチャカチャ”の元祖ともいえる。

画像: カチャカチャの元祖

カチャカチャの元祖

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