昭和30年代、経済は膨らみ、社会はスピーディに変転していた。木村正文は昭和4年、「日刊自動車新聞」を創刊、そして戦後、昭和22年復刊、昭和36年には「ゴルフダイジェスト」誌を創刊。昭和37年に月刊化、47年には週刊誌創刊、「全国ゴルフ場ガイド」「月刊ゴルフ場セミナー」を創刊している。

木村を急変させたものは何だったか。正文が活躍した昭和30年代の自動車ジャーナリズムには“オーナードライバー3万人、ゴルフ人口3万人”という巷説があった。

自家用車に乗る人はゴルフをする。自動車とゴルフは同心円の社会現象だ。自動車の好況は必ずゴルフに連動する。この経済の機微を、敏感な木村が気付かぬはずがなかった。

創業者木村正文(初代理事長・会長)は、明治32年1月31日生まれ。父政次郎は、千葉県天羽町の人。政友会所属代議士で、明治43年全国初の夕刊新聞「東京毎夕新聞」を創刊、正文は中央大在学中から父のもとで新聞社経営のすべてを学ぶ。

愛鷹山の裾野40万坪にチャンピオンコースを開場

正文がゴルフをしたのは、会長職就任後、辻堂の邸内に1000万円をかけて庭園練習場を造ってから。千客万来の人気だったが“庭で儲けている”という噂も出て廃止。

昭和41年、東名観光株式会社を設立。静岡県駿東郡裾野町に広がる富士の連山愛鷹山の裾野約40万坪に27ホールのゴルフ場事業に着手。昭和43年9月に開場。

設計は、竹村秀夫。富澤誠造の弟子だ。富士山の大きさを大切に「ブラインドを避けた」として造られた。

画像: 8番ホール/570㍎/パー5(愛鷹)やや打ち下ろしのパー5。フェアウェイ左にはOBが並行しているので注意。1打目の狙いはやや右側になる

8番ホール/570㍎/パー5(愛鷹)やや打ち下ろしのパー5。フェアウェイ左にはOBが並行しているので注意。1打目の狙いはやや右側になる

画像: 6番ホール/389㍎/パー4(桃園)1打目はセンターのやや左側が安全。下り坂のフェアウェイには微妙な起伏がある

6番ホール/389㍎/パー4(桃園)1打目はセンターのやや左側が安全。下り坂のフェアウェイには微妙な起伏がある

画像: 9番ホール/427㍎/パー4(裾野)左ドッグレッグの打ち下ろし。第2打地点のバンカーには注意したい

9番ホール/427㍎/パー4(裾野)左ドッグレッグの打ち下ろし。第2打地点のバンカーには注意したい

画像: 4番ホール/416㍎/パー4(桃園)ティショットは打ち下ろし、第2打目から打ち上げ。グリーンは奥から手前、右から左に流れるアンジュレーション

4番ホール/416㍎/パー4(桃園)ティショットは打ち下ろし、第2打目から打ち上げ。グリーンは奥から手前、右から左に流れるアンジュレーション

東名CC開場の際、正文社長は「趣味に始めたゴルフが、いつの間にか経営まで発展してしまった」「事業から縁が切れない」と述べた。

昭和38年〜45年男子プロ「ゴールデンマッチ」、昭和46〜平成9年「ゴルフダイジェストトーナメント」、その後は女子ツアー「スタンレーレディス」を開催、競技面からのゴルフ振興にも貢献している。

東名カントリークラブ
静岡県裾野市桃園300 ☎055-992-3331
開場日:昭和43年9月23日
コース:9H/3472Y/P36(愛鷹)
    9H/3405Y/P36(裾野)
    9H/3447Y/P36(桃園)
設計:竹村秀夫
改造:加藤俊輔
公式ウェブサイトはこちら

近年、大規模な改造を終え、2グリーンコースからベント1グリーンの現代的なチャンピオンコースに変革を遂げている。

美しい日本のゴルフコースより(弊社刊) 取材・文/田野辺薫

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