井上誠一"傑作期"の特徴といえば、土地の魅力を独自の発想でコースの魅力へと高めたこと。大型重機で造成されたコースでは味わえない趣きが感じられる初期の傑作群を現在の会員権情報と合わせてまとめた。
霞ヶ関・西から始まった「傑作期」の20コース
現在の会員権相場、コース開場年、井上誠一の年齢
コース名 | 相場 | 名変 | 開場 | 年齢 |
---|---|---|---|---|
霞ヶ関・西 | 譲不 | 1932 | 24 | |
久里浜 | 閉場 | 1935 | 27 | |
那須 | 譲不 | 1936 | 28 | |
(大みか) | パブ | 1936 | 28 | |
アワセ | 閉場 | 1948 | 40 | |
川崎国際 | パブ | 1952 | 44 | |
山口 | 10 | 30 | 1952 | 44 |
東雲 | 閉場 | 1952 | 44 | |
大洗 | 255 | 115 | 1953 | 45 |
鷹之台 | 1450 | 300 | 1954 | 46 |
愛知 | 600 | 500 | 1954 | 46 |
日光 | 35 | 200 | 1955 | 47 |
西宮 | 520 | 200※ | 1955 | 47 |
札幌・輪厚 | 450 | 50 | 1958 | 50 |
龍ヶ崎 | 195 | 230 | 1958 | 50 |
武蔵・豊岡 笹井 | 500 | 850 | 1959 | 51 |
枚方 | 330 | 150 | 1959 | 51 |
桑名 | 40 | 300 | 1960 | 52 |
大利根 | 480 | 400 | 1960 | 52 |
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龍ヶ崎:メンバーになると鷹之台、大洗、大利根、日光、札幌・輪厚、ABC、西宮、愛知を相互利用可
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ここからは「傑作期」20コースのうち、閉場コースとパブリック2コースを除いた15コースの「井上概論」を記述していく。まずは東日本(関東、北海道)の10コース。
霞ヶ関カンツリー倶楽部 西コース(埼玉県)
藤田欽哉のもと、若き井上誠一が現場指揮。1998年にワングリーン化
東コースに続き3年後の1931年、西コースが開場した。造成は藤田欽哉キャプテンのもと、23歳の井上誠一氏が現場を指揮することとなった。「井上のソロデザイン第1号」とされる那須ゴルフ倶楽部の開場は1936年。西コース開場の5年後のことである。
霞ヶ関西コースは1954年、井上自身の手によって改造された。その後、1994年、西コース本グリーンベントに変わる。1998年にサブ撤去。霞ヶ関のメンバーでありコース設計家でもある川田太三氏が改造設計の先頭に立った。
もともと、霞ヶ関は、東コースが「左右の方向性」、西コースは「前後の距離感が試される」、という異なる特徴をもっていたが、西コースのワングリーン化では井上誠一の特徴を失うことなく、2006年、1956年以来となる二度目の日本オープンを開催した。
霞ヶ関カンツリー倶楽部 西コース
18H・7177Y・P73
埼玉県川越市大字笠幡3398番地
TEL.049-231-2181
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会員権 譲渡不可
那須ゴルフ倶楽部(栃木県)
那須五峯を望む。井上誠一のソロデザイン第一号
開場は昭和11年7月。霞ヶ関CCの夏の別荘と言われた那須ゴルフ倶楽部は、藤田欽哉と井上誠一の共同設計となっているが、のちに会長となる安田一の証言をもとにすれば「井上誠一のソロデザイン第一号」コースと言える。
標高850メートルから1000メートルに広がる高低差の大きい20万坪の山野をモッコとツルハシだけで造成されたが、出来上がったコースはフェアウェイがゆったり、地形の傾斜を活かしたアイデアが随所に登場する。コースの各所から望む那須五峯は雄大な自然美を感じさせる。春はヤマツツジ、秋は山全体が紅葉に染まる。
那須ゴルフ倶楽部は自然が人を虜にするコース。よく軽井沢ゴルフ倶楽部と比較されるが、その点では軽井沢に勝る。
那須ゴルフ倶楽部
18H・6548Y・P72
栃木県那須郡那須町大字湯本212
TEL.0287-76-3100
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会員権相場 譲渡不可
大洗ゴルフ倶楽部(茨城県)
もともとの砂丘と黒松林を生かした戦略的シーサイド
「砂丘地の自然地形を残す。黒松林を自然の障害物とする。人工的造形を避ける。裸砂地をラフとする」と設計時に、井上が語ったコンセプト。自然から生まれる戦略性を第一義にした井上設計の美学が込められたコース。
松林はひとつのホールでドロー、フェードを要求し、年とともに枝ぶりは豊かになり、左右だけでなく上下のプレッシャーもかけてくる。黒松林を最大限残すコンセプトから、唯一太平洋に向かう16番パー3を除く17ホールは海岸線と平行にレイアウトされている。
1991年、ベントとコーライのコンビネーショングリーンからベントの1グリーンとなった。改造を担ったのは大久保昌。
大洗ゴルフ倶楽部
18H・7074Y・P72
茨城県東茨城郡大洗町磯浜町8231-1
TEL.029-266-1232
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会員権相場 255万円
名変料+入会預託金 115万円
鷹之台カンツリー倶楽部(千葉県)
戦後4回の日本オープンの舞台。生まれながらの長大なコース
敗戦後、コースは畑地となり昭和7年に開場した鷹之台カンツリー倶楽部は自然消滅してしまう。昭和10年には赤星四郎がコースを改造。英国のインランド(内陸)コースを彷彿させる趣のあるコースだったという。
その後、用地転用許可がおり、新コースの着工は昭和27年11月。仮開場は29年2月となった。新コースの設計は井上誠一に託すが、1番から4番を終わった時点で進行をめぐり倶楽部と対立。和泉一介に代わることとなった。
左右の森と林、さらにフェアウェイに立つ大きな松が、プレールートに立ちはだかる戦略性の高いコースが完成した。戦後3回目の開催となる2000年の日本オープンを前に、井上誠一が設計した新コース案が完全復元された。
鷹之台カンツリー倶楽部
18H・7132Y・P72(ベントグリーン)
千葉県千葉市花見川区横戸町1501番地
TEL.047-484-3151
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会員権相場 1450万円
名変料+入会預託金 300万円
日光カンツリー倶楽部(栃木県)
冬に凍り、春に溶ける。自然が造り出すうねり
コース設計を依頼された井上誠一は、中禅寺湖、霧降高原などゴルフ場適地を調査するが、選んだのは大谷川の旧河床だった。明治時代に2度の大洪水で生まれたその土地は、石が転がり、荒れ果て、雑草が生い茂っていた。表土は薄く5寸(約15センチ)ほど掘れば石が顔を出す。これではバンカーも掘れない。
しかし、井上は男体山に向かって広く開けた旧河床に自生する松、もみ、こごめ柳に日光特有の林間調を感じた。松の根も枝も横に伸びる。バンカーは少なくても松の枝がきっと日光ならではのハザードになるからと、バンカーは33カ所に留めた。
日光CCは冬に凍り、春に溶ける。土質、日照、地下水によって溶け方が変わり、時間と共にフェアウェイのうねりとなった。東京在住メンバーが多数在籍、名コースにして人気のコース。
日光カンツリー倶楽部
18H・7061Y・P72
栃木県日光市所野 2833
TEL.0288-54-2128
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会員権相場 35万円
名変料+入会預託金 200万円
札幌ゴルフ倶楽部・輪厚コース(北海道)
札幌市街や空港からのアクセスも良好。北海道を代表するチャンピオンコース
自然の緩やかな起伏がコース攻略の大きな要素になり、コースを取り囲む樹木がそれに拍車をかける。井上誠一が北海道で初めて手掛けたコースだ。
北海道らしく各ホールは距離が長く、それぞれに攻略ルートがはっきりしているため、ポイントを外した時には、その後の攻めが難しくなる。
男子ツアー、ANAオープンの舞台で17番パー5は左ドックレッグの名物ホールとして広く知られる。井上誠一は17番の左の曲がり角の木は伐採しないよう指示を残した。
札幌ゴルフ倶楽部・輪厚コース
18H・7063Y・P72
北海道北広島市輪厚77
TEL.011-376-2231
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会員権相場 450万円
名変料+入会預託金 50万円
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龍ヶ崎カントリー倶楽部(茨城県)
窪地を活かした「2グリーンコース」の傑作
龍ヶ崎CCは、井上誠一の最高傑作のひとつに挙げられる。四季のある日本特有の気候から考えられた「2グリーン」は、ターゲットがぼやけ、絞り込まれない。ゴルフコースとはグリーンに近づくにつれターゲットが絞り込まれるべき、という「1グリーン論」が優勢であるが、論客たちも「龍ヶ崎の2グリーンは?」となると評価が上がる。
9番、10番、11番は龍ヶ崎のアーメンコーナーとして有名。この3ホールには自然の深い窪地が走り、絶妙にプレールートと絡んでくる。9番は窪地まで打つか、手前に止めるか。10番はS字に伸びる窪地のどのラインを打っていくか、11番は9番同様フェアウェイを分断するように窪地が走る。
しかし、11番の窪地は右ドッグレッグに沿って「斜め」に切れ込む、窪地の活かし方ひとつ取ってもホールの個性が際立つ。
伸び伸びとして開放的なのに、戦略的で、同じようなホールがひとつとしてない、「傑作期」の傑作と言っても過言ではないはず。
龍ヶ崎カントリー倶楽部
18H・7047Y・P72(Oグリーン)
茨城県龍ヶ崎市泉町2080番地
TEL.0297-62-2611
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会員権相場 195万円
名変料+入会預託金 230万円
武蔵カントリークラブ・豊岡コース(埼玉県)
重機を使わず、手造りにこだわった渾身作
武蔵CC豊岡コースは、計画時、安田幸吉案がほぼでき上がっていた。しかし、これを撤回し、井上誠一が完成させた。コースは井上誠一、クラブハウスはレイモンドという当時言われた一流の条件を果たした。
そして、武蔵CCは1959年の7月と11月に豊岡コース、笹井コースを立て続けに開場させた。この時期、重機によるコース設計が可能になり始めた時期でもあった。どちらも井上設計だが、豊岡は特に手造りにこだわって造られた。
豊岡の2つのグリーンには、メインとサブがなく、均等の比重からなる「2ウェイコース」。それぞれのグリーンが独立しているため、攻略ラインが2つあり、バンカーもそれぞれのグリーンに配置された。
ガードバンカーの立体感はもちろん、フェアウェイバンカーにもアゴを付けた。ティグラウンドからは見やすく存在感が立ち、そして入ったら、グリーンを狙える番手はなかなか持てない。井上が造ったバンカー数は「110個」。豊岡コースのバンカーはゴルファーに恐れられた。
井上誠一はワングリーン主義者か、2グリーン主義者か。日光、大洗は1グリーンであり、豊岡、龍ヶ崎、大利根は2グリーン。いずれのコースも傑作であり、日本を代表する名コースであることに間違いない。
武蔵カントリークラブ・豊岡コース
18H・6838Y・P72
埼玉県入間市大字小谷田961
TEL.04-2962-4151
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会員権相場 500万円
名変料+入会預託金 850万円
武蔵カントリークラブ・笹井コース(埼玉県)
距離が長く雄大な笹井コース。豊岡とは違った趣
武蔵CC笹井コースは、井上が基本設計し図面を製作。それを引き継いで実現したのは東大で造園学を学んだ和泉一介だった。バンカーと砲台グリーンが特徴の豊岡コースに対して、距離の長いフラットな笹井コースが出来上がったが、これは地形の特徴を活かした結果だった。和泉は井上のもとでコース設計を学んだ一人。
時を経て2013年、笹井の1グリーン改造計画が大久保昌に託された。井上誠一と大久保昌は龍ヶ崎の設計家とグリーンキーパーという関係だったが、設計家となった大久保と師弟関係を結ぶ。大久保は「井上作品」の理解者として、改造を手掛けてきた。しかし、2グリーンを1グリーンにするのは笹井がはじめて。
2014年、1グリーンとなった新生・笹井コース。2018年9月「アジアパシフィックオープンダイヤモンドカップ」が開催された。優勝は池田勇太。4日間15アンダーというスコア以上に、難コース「笹井」の進化を見ることができた。2グリーン時代の、日本オープン、日本女子オープンの開催実績に、新たな1頁が加わった。
武蔵カントリークラブ・笹井コース
18H・7063Y・P72
埼玉県狭山市大字笹井412
TEL.04-2953-2101
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会員権相場 500万円
名変料+入会預託金 850万円
大利根カントリークラブ(茨城県)
適地に出合い、熱が入った「松の名コース」
茨城県岩井の利根川沿いに松林の平地が広がっていた。井上はヘリコプターから現地を視察するや「二度と手に入らない土地だ。価値あるゴルフ場ができる」と熱を帯びた。そして、「松の名コース」を造ろうと考えた。
井上設計の松林でセパレートされた高低差わずか3メートル、フラットな東西からなる36ホール。池、バンカー、松林が戦略的に配置された挑戦的なレイアウトには理由がある。
多くのホールでフェアウェイに背の高い松の木が残されているが、それらは井上が仕掛けた「戦略的バーチャルハザード」だ。コースレートは左右ともに74.0。
大利根カントリークラブ
東コース:18H・7024Y・P72(ホワイトグリーン)
西コース:18H・7065Y・P72(ホワイトグリーン)
茨城県坂東市下出島10
TEL.0297-35-1344
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会員権相場 480万円
名変料+入会預託金 400万円
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