私がコースに着いたのは、3日目の朝。すでに奇跡は起きていた。倉本は予選前日に行われたプロアマで8アンダーを出して優勝した。倉本の場合、試合が重なると、わざわざ火曜日にコースに出向いて練習するようなことはない。その分、水曜日に行われるプロアマ戦でコースのコンディションと自分のゴルフのマッチングをやってしまうのだ。幸い、予選2日間はピンポジションもそれほどむずかしくない。コースと自分のゴルフのマッチングがうまくいってしまった倉本は、自分でも「何か不思議な感じ」がするほどのプレーを展開していった。

【ゴルフコースの評価基準】
ゴルフコースを評価する「7つ」の項目がある。①ショットバリュー、②難易度、③デザイン・バランス、④ホールの印象、⑤景観の美しさ、⑥コンディション、⑦伝統・雰囲気。この7項目は米国ゴルフダイジェスト、ゴルフマガジンが発表するランキングの評価基準にもなっている。当コラム【伝説の名勝負。ヒーローの足跡】は、このコースでどのような「歴史」が作られ、「公式競技」を開催したかを掘り起こすことで、「伝統と雰囲気」をみるものです。

今週のウォッチャーは菊地勝司プロ。1944年生まれ(当時43歳)。1970年プロ入り。戦歴の中で輝いているのは、1980年、相模原GCで行われた日本オープン優勝。静岡県伊東市出身。

36ホール、54ホールの最少スコア記録を更新

初日8アンダー、2日目10アンダー、2日間トータル18アンダーは、中嶋常幸がマークした(1982年の日本プロ東西対抗)17アンダーを抜き去る日本新記録だった。

倉本、「ここのコースは、自分としては68がパープレーの感じなんです。だから3日目5つ、4日目5つ伸ばせば最高ですね」

こう言い残してスタートしていった。

画像: 2日目終えてすでに18アンダー、倉本昌弘

2日目終えてすでに18アンダー、倉本昌弘

1番から3番まではアイドリング。前日までの好調な波にもう一度乗ろうとしていた状態だった。

そして、4番からの3連続バーディ。完全に波に乗ってしまった。

アウトはその3つ。インに入って10番でボギーをたたいたものの、他の3ホールでバーディをとり、この日67でフィニッシュした。

予言通り、この日5アンダー。3日間通算23アンダーは、4日間トータルの日本記録と並ぶ大記録だった。

まったく恐ろしい男である。私はどこか次元の違うプレーヤーを見続けているようであった。

プロアマ戦でコースを見切って精神的に勝ったという余裕がある。まるで練習場でやっているような心理状態に近かったであろう。

彼が意識すべきものは、あとは人でしかなかった。

3日目が終わって、2位は14アンダーの飯合肇、そして3位が13アンダーの尾崎将司である。倉本との差は9打ある。

優勝は決まった。2位、3位の人間が猛チャージし、倉本がよほど崩れることがない限り、逆転はあり得ない。

倉本、「優勝するためには、2位との差が1ストロークあればいいんです。そういう意味ではね…。プレッシャーがあるとすれば記録のほうでしょう…」

最終日は雨。下が赤土だから、転がすようなゴルフをする人間にとっては問題がある。

しかし、キャリーで正確な距離を出せる人間には何の問題もない。逆に気温が低くなった分だけ、やりやすくなるだろう。

倉本は3日目までのペースを守ろうとするだろうし、ジャンボ、飯合は全ホール、バーディを獲得するつもりでくるだろうと私は読んでいた。

最終日はジャンボに「バーディのゴルフ」がのり移った

画像: 最終日、倉本を追撃したジャンボ尾崎

最終日、倉本を追撃したジャンボ尾崎

ジャンボはその通りの攻めをしてきた。アウト1番から4番までで3つのバーディをはじき出した。5番、6番は飛ばし屋たちにとってはイーグルもねらえるイージーホールだ。

最終日「倉本が優勝する」という確定事項以外に興味をそそるとしたら、ジャンボの意地、そして両者のかけひきだった。

その山は5番、6番にあった。5番497ヤード、やや打ち下ろしのロング。倉本はドライバーショットを右の林に入れた。ライは最悪、出すだけとなった。

一方のジャンボは、その時点でピン右9メートルに2オンさせた。

倉本の3打目はグリーン手前のバンカーへ。パーセーブがやっとだった。

6番504ヤード、パー5。ジャンボはまた2オン。倉本はセカンドがブレて3オン。

倉本はこの時点で28アンダーの世界記録はあきらめた。目標は日本新記録となったのである。

前日までの、やればいいスコアにつながっていた倉本のゴルフが、ジャンボにのり移った。ジャンボ、6ホールで5つのバーディ。

あと3ホールで2つバーディをとれば、倉本の記録に一矢を報いるジャンボのハーフ日本新記録樹立であった。

ところが、バーディというもの、ねらってとれるほどやさしくはない。

淡々とパーを重ねる倉本に比べ、ジャンボはバーディねらいを重ねていった。

画像: スタートから5バーディと追撃したジャンボだが、7番からバーディパットが決まらなくなった

スタートから5バーディと追撃したジャンボだが、7番からバーディパットが決まらなくなった

7番右12、8番右8、9番右上1.6メートルをことごとくはずした。

意識しすぎると、手も頭も余分なことを考え始める結果だった。

インに入っても、ジャンボはねらい続けた。

12番539ヤード、パー5。ここでふたつめの山がきた。

倉本にやっとバーディがきたのだ。ジャンボはパー。

前日まで快進撃を続けてきた者にとって、アウト2番以降ずっとオナーをとられ放しというプレーは、なんとなくひどいゴルフを展開しているような気になるものである。

「気分転換がほしい…」それが13番ティで実現した。しかし結果はボギー。気が抜けてしまったのだろう。

画像: 最終日は手堅く1アンダーで回った倉本

最終日は手堅く1アンダーで回った倉本

「やっぱりパーねらいに…」そう思ったに違いない。

この時点で試合は終わった。ジャンボは意地を見せ、前代未聞の20アンダーでの2位。

倉本は日本記録を1つ縮めた。いかにも倉本らしい大記録であった。

画像: 最終日はジャンボに「バーディのゴルフ」がのり移った

【競技経過】

【初日】距離が比較的短く、フェアウェイも広い設定のためか、アンダーパーが65人と好スコアが続出。トップに立ったのは1イーグル、6バーディの64と完璧なゴルフの倉本。その他上位陣には、相変わらず好調のジャンボ軍団、健夫、飯合、直道といった名が並ぶが、御大ジャンボは70の34位。

【2日目】昨日にも増して絶好調の倉本はこの日10アンダーの62。2日間通算18アンダーの日本新記録をあっさり樹立した。牧野裕とともにこの日66を出した直道が2位につけたが、7打差にいささかあきれ顔。

【3日目】ジャンボと前週優勝の芹澤信雄が66のベストスコアで。それぞれ13アンダー、12アンダーで3位、4位につける。2位には飯合が14アンダーで入りはしたが、相変わらず1位は倉本。23アンダーの54ホール日本新は雲の上。

【最終日】ベストスコア65をマークしたのがジャンボ。トータル20アンダーは普通なら優勝スコアだが、今回は2位。それでも賞金ランクは首位に。楽勝の倉本は最終日71とスコアは1つしか伸ばせなったが、24アンダーは日本新記録。

画像: 4日間24アンダー、ツアー新記録で優勝

4日間24アンダー、ツアー新記録で優勝

1987年マルマンオープン最終結果
東松山CC/6748ヤード/パー72
1位 -24  倉本昌弘
2位 -20  尾崎将司
3位 -17  飯合肇
4位 -15  尾崎直道   
        磯村芳幸
6位 -14  中村忠夫 
        芹澤信雄
8位 -12  D・イシイ(米国)
        T・ゲール(豪州)
       金山和男

(週刊ゴルフダイジェスト1987年9月8日号)

東松山カントリークラブ
埼玉県東松山市大谷1111
TEL 0493∸39∸1010
コースタイプ/丘陵コース
グリーン/ベントの2グリーン
会員権/株主会員制で譲渡可
東・中/6974ヤード/パー72
コースレート73.1/スロープレート133
中・西/7036ヤード/パー72
コースレート73.2/スロープレート138
西・東/6888ヤード/パー71
コースレート72.7/スロープレート134設計/藤田欽哉
開場/1963年
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