日本オープン最終日、千葉県習志野の空は高く、風は秋の香気をはらみ、頬をくすぐる。決勝日は絶好のゴルフ日和となったが、「習志野CC」の一角だけに妙な緊張感が漂っている。選手の顔が怖い。目が血走っている。やはり日本オープンである。賞金総額6500万円、マネーもでかいが、名誉も大きい。選手の緊張感のボルテージが極限まで上がるのも無理はない。
【ゴルフコースの評価基準】
ゴルフコースを評価する「7つ」の項目がある。①ショットバリュー、②難易度、③デザイン・バランス、④ホールの印象、⑤景観の美しさ、⑥コンディション、⑦伝統・雰囲気。この7項目は米国ゴルフダイジェスト、ゴルフマガジンが発表するランキングの評価基準にもなっている。当コラム【伝説の名勝負。ヒーローの足跡】は、このコースでどのような「歴史」が作られ、「公式競技」を開催したかを掘り起こすことで、「伝統と雰囲気」をみるものです。
尾崎、青木、中嶋をもってしても、このコースでは・・・
尾崎のスタートは9時41分。首位と6打差の6オーバーは、いかにジャンボでもちょっと苦しい。10時5分青木功がティオフ。「首位とは5打差。この位置から青木ならやってくれるとファンは期待しています」と紹介があったが、まさにその通り。そう、青木なら逆転優勝も夢ではない。
バレステロスがスペインの星なら、中嶋常幸は日本の星。今年の日本プロをとり、そして日本オープンに意欲を燃やす。この夢多き若者のスタートは、最終組の3つ前。4打差の逆転に若さをぶつける。
そして時は10時30分。色とりどりの花を咲かせていた練習グリーンには、もはや3つの姿を残すのみ。村上隆、謝敏男、セベ・バレステロスの3人が、はやる心をおさえながらパット調整に余念がない。
その村上が、紺のスラックス、赤いシャツのバレステロスを一瞬、ハッタとにらんだ。そう最大の期待は村上隆。「中嶋、青木、尾崎」と、爆発力を備えた3人が後方に待機しているが、彼らをしても首位との差をつめるのは、この試合、このコース、そして相手を考えると、いかにも苦しい。その点、村上は2打差。彼の経験、彼の技術、マジシャンと異名をとったパットが冴えれば…。
村上の作戦はこうだ。「13番にいったとき、バレステロスに2つから3つ遅れていたらもうだめだろう。それまでにできればリード、少なくてもタイになっていたい。このコースは長い。とくに通常のロングをミドルホールに使用している7、9、13、15、16番の各ホールは、僕ぐらいの飛距離の者にはパーをとるのさえ苦しい。しかし、長ければ長いなりに工夫をすれば、勝機は必ずある」
村上は不利される超ミドルホールに勝機を見出そうとしていた。バレステロスは300メートル(ヤード換算で327ヤード)のドライビングを誇る名うての長打者だが、420メートル(457ヤード)を越すパー4ではやはりグリーンにパーオンの確率は低くなる。そこが狙い目である。
そして、もうひとつ。ほのかな期待はバレステロスの自滅。日本オープンのような大競技で4日間首位をキープするのな難事業である。20歳の若さは体力の保証でもあるが、それはまた一瞬の瓦解を生む因ともなる。すなわち、若さは諸刃の剣である。事実、バレステロスのスコアは初日の2アンダーから2日目1アンダー、3日目イーブンと1つずつではあるが落ちてきている。
しかし、もし村上が若さの暴露を期待しているのであれば、その期待は裏切られる公算が強いはずである。バレステロスは3日目終了後、記者のインタビューでこう答えている。
「そりゃいい日もあれば、悪い日もあるさ。ちょうど今日の天気が昨日とちがうようにね。明日は明日でなんとかなるさ」
悪いプレーをくよくよせず、「明日はいいことあるさ」と楽観的に考えられるのがスペイン人の特徴であり、若さの特権でもある。
8番パー5でセベがイーグル。しかし9番のボギーで村上隆の闘志に火が付いた
1番、2番、3番、4番と村上はパーを重ねる。めざす相手のバレステロスは、3番のロングで予定通りのバーディで1アンダー。差は3打と広がった。
5番は151メートル(164ヤード)のパー3。村上のパットは3メートルのバーディチャンス。十重二十重にグリーンをとりまくギャラリー。だれもが息をひそめて見守る輪の外から、子供が「日の丸上げて」のハーモニカを吹いている。一心にカップを狙う村上には、その音は聞こえないようだ。ハーモニカが最後の、ああ美しい日本の旗は、と奏で終わったちょうどその時、村上がカマボコ型のパターがコンと音をたてた。しかしボールはわずかに左にそれていた。
このホールを入れて、4、5、6、7番と、村上のパットはカップをかすめるが入らない。伝家の宝刀の切れ味がもうひとつ足らない。
バレステロスはどうか。6番でバンカー土手からのアプローチを直接沈めてスコアを2アンダーに伸ばす。アウトもすでに残り少ない7番を終了して差は4打と開いてしまった。
7番までジッと我慢の村上が8番からスパートをかける。8番(481メートル・パー5)は根性のバーディ。9番、5メートルを入れてバーディ。そして11番、下り4メートルの難しいラインをボールが転がりストンとカップに消えた時、静かな男の右手にガッツポーズを見た。65ホール目にして村上の
スコアはようやくアンダーパーにたどりついた。
しかしライバル、バレステロスも快調にとばしていた。彼にとってロングホールはすべてバーディチャンスだが、8番のイーグルは予定を1つ上まわっていた。このホールをアイアンで2オンを果たしたバレステロスはパットも決めて一気にスコアを4アンダーに伸ばす。
ここで村上との差は5打に開いた。しかし9番のパットを外してボギーにしたのが村上のかすかに残る闘志に火をつけ、追撃を許すきっかけとなった。
12番が終わった。グリーン後方に設置された速報版を見ると、バレステロス3アンダー、村上1アンダー、そして3位に青木が入っている。
5オーバーでスタートした青木は、この時点はすでに15番をホールアウトしていたが、3つスコアを沈めて得意の追い込みにかかっている。しかしそれでも首位との5打差はスタート時点と同じ。バレステロスをつかまえるのは、やはり村上に期待する以外に術はない。
最難関13番パー4でセベのフィニッシュが乱れた
勝負は終盤の6ホールにかかっていた。ここから難関のホールが続く。しかし追うものにとっては、
難しいことこそがチャンスを生む下地となる。
13番は通常ロングホール。それを日本オープンではパー4で使用している。250メートル(272ヤード)地点から急激にフェアウェイは右に折れ、しかもグリーン右の林がせり出しているので、2打でグリーンをつかまえるのは至難の技となる。
決勝出場63選手の3日目のこのホールの成績を見るとバーディ3個、パー32個、ボギー23個、ダボ5個となっている。18ホール中、ボギー、ダブルボギーの出る率は最も高い。
バレステロスはここに来てティグラウンドで軽くひざを屈伸。ティアップする、ちょっと下がって素振り1回、今度はボールの後方から目標を定める。それからボールに正対。まず左手のグリップを決める。親指はグリップの真上。その親指を抱くように右手がかぶさる。右手のV字は顎を指す。きれいなスクェアグリップで握った。
それから程よいテンポでクラブが上がり、リズミカルなダウンに向かう。フォロースルーは柔らかく、そして大きい。フィニッシュは体操の選手が着地を見事に決めたようにピタリと収まる。ジョニー・ミラーのような激しさ、華やかさはないが、いかにも堅実なオーソドックスなスウィングである。
ティアップしてボールを打ち終わるまでのリズムが終始一貫しているのが彼の大きな特徴だが、
このホールではフィニッシュが乱れた。フィニッシュでパーマーばりに左ひじを抜いたのは左に行ったボールを右にもどそうとする苦心の行為だが、それでもボールは左の林奥深くにつっこんだ。
心配げに見守る孤独の勇者バレステロス。フォアキャディのセーフの合図があった時、ギャラリーから拍手があがった。もう一歩でOBというピンチを救われたバレステロスは2打をバンカー手前に運ぶ。そこからのアプローチがすばらしかった。ボールのディンプルが見えるかのように軽やかに上がり、2メートル程転がって30センチについた。
村上の2打はウッド。これをサブグリーンとの間のラフに運んだが、バレステロスのアプローチを見た後ではやりにくい。村上らしからぬザックリのミスで、カップまで8メートルの距離を残すハメになる。しかし村上は、この距離を一発で沈めた。
難関ホールを両者パーで通過して、2打差は変わらず。
14番146メートル(159ヤード)のパー3。オナーの村上の球はグリーンエッジ。ここからパターで打った打球はカップを60センチオーバーして止まった。この距離を慎重に時間をかける。しかし結果は右に外した。このなんでもないショートホールで痛恨のボギー。スコアはまた、イーブンに逆もどりとなり、差は3打と開いた。
15番412メートル(449ヤード)パー4。ここも通常はパー5。バレステロスがボギーで2打差。
16番。さすがのバレステロスも13番からティショットが乱れている。16番でも第1打は左の林に突っ込み、そこから出してグリーンまで残り130メートル。これまでの流麗なスウィングとはうって変わって、アイアンまでなりふりかまわず的なスウィングになってきたのだからゴルフは恐ろしい。3メートルのパットもまったく方向違いに外してボギー。通算1アンダー。
ウッドで2オンを果たした村上とはついに1打差となった。
17番、18番と村上は1メートルちょっとのパットを外した。タイにし、それから逆転のチャンスを自らの手でつぶした感じがある。しかし村上はこの日18ホール、その前に54ホールを精魂込めて戦ってきた。すでに1メートルちょっとのパットを入れる気力と体力がなくなっていた。村上には1メートルはあまりにも長すぎたのである。
13番からの両者の死闘は、まさに一大絵巻だった。
それにしてもバレステロスは強い。彼はスペイン、オランダ、フランス各国のナショナルオープンをとっているが、これに日本を加えた。この若者にとっては日本オープンは数あるナショナルオープンのうちのひとつ。賞金がヨーロッパより多いというだけの違いかも知れない。
伝説の名勝負、一覧はこちらから↓
1977年日本オープン最終結果
習志野CC/6507メートル/パー71
1位 0 セベ・バレステロス(スペイン)
2位+1 村上隆(殖産住宅)
3位+2 青木功(日本電建)
4位+3 島田幸作(宝塚)
ラリー・ネルソン(米国)
6位+4 上野忠美(広島)
7位+5 新井規久雄(フリー)
吉川一雄(田辺)
中嶋常幸(美津濃)
陳 健忠(トヨストーブ)
アコーディア・ゴルフ習志野カントリークラブ
千葉県印西市大森7
TEL 0476-46-3111
コースタイプ/林間コース
グリーン/ベントの2グリーン
会員権/譲渡可
キング/7011ヤード/パー72
コースレート73.0/スロープレート124
クイーン/6579ヤード/パー72
コースレート70.8/スロープレート126
設計/藤田欽哉
開場/1965年
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