R&Aから届いた思いがけない警告
2016年11月、ゴルフルールの総本山であるロイヤル&エインシェントゴルフクラブ(R&A)から日本のクラブメーカーであるプロギアに1通の警告通達が届いた。それは、その年8月に発売され、ルール「ギリギリ」の飛びを謳い文句に順調なセールスを続けていた同社「RS-F」ドライバーについて、高反発を規制するルールの上限値を上回るものが市場に混在している可能性があり、R&Aが公表している「適合ドライバー」から削除される可能性がある、というものだった。当時、「RS」シリーズの開発の最高責任者であったプロギア代表取締役副社長兼商品開発本部長の山本眞司は、警告内容を確認した上で、「最終的には適合リストから外されることはない」と、楽観していたという。もちろん、それは確固なる理由があった。
山本は、「プロギアでは2006年から、生産されるすべてのヘッドについて、工場段階で『フェース周波数検査』を行っていました。これは、フェースを検査具で叩いて、その際に出る音の周波数を分析することで、フェースの反発力を管理する、当社が独自に開発した検査機で、通称『チンチンテスト』と呼んでいました。当然、『RS-F』に関しても『チンチンテスト』を行い、ルールの上限を超えていないと確信した個体のみ、出荷していました。したがって、仮にR&Aが疑義を持って検査し
たとしても必ずパスするはず、いくら調べてられても大丈夫という自負がありました」と、当時を振り返る。
しかし、山本の自負は、同年12月26日、「RS-F」が正式に適合リストから削除されたことで、打ち砕かれてしまう。きちんと全数検査を行い、検査にパスしたものだけを出荷していたにもかかわらず、なぜ、ルールの上限値を超える個体が市場に出回ってしまったのか。結果的には当時、完璧と考えられていた検査方法に不備があったわけだが、それとは別に同年3月の、高反発測定ルールの変更が大きく関与していた。
それまでの基準では、フェースの反発係数が「0.830」を超えないものというのが、高反発の上限基準であったのだが、ルール変更により、ペンデュラムテストによって得られる「CT値」(特性時間値)が、239μs(マイクロセカンド)許容誤差+18μsを超えないものというのが、新たな上限基準となった。これが、結果としては、山本の足をすくったのである。
「『チンチンテスト』はフェース面全体の特性を計測するもので、それまでの『反発係数』を基準にしたルールには有効な検査だった。基準が『CT値』に変更されても、フェースの厚みが概ね均一であれば、同等の検査でフェース全体がルール上限を超えないということが、はっきり言えるのですが、今のドライバーフェースは部分偏肉設計がされているため、フェース面全体の計測には影響が少ない部分でバラツキによって『CT値』の上限を上回るものが存在することが、『RS-F』のヘッドを再検査してわかったのです。今となっては言い訳になりますが、ルール変更を少し甘く見ていた部分は否めません」と、山本はいう。
2016年12月26日、「RS-F」がR&Aの適合リストから外れた
【2016年11月】
R&Aからプロギアに対し、同年8月に発売した「RS-F」ドライバーが「SLEルール」(反発規制ルール)についてルール上限を超えるものが混在した可能性がある」と連絡が入り、11月25日より発売を一時停止することを発表。
【2016年12月】
プロギアとR&Aでは協議が行われたが、12月26日に「RS-F」は適合リストから削除された。プロギアでは購入者に対して代替ヘッドへの無償交換を発表。
【2017年2月】
「RS-F」購入者に対し、新たな適合裁定を受けた代替ヘッドの準備が整い、2月21日より無償交換用の「回収キット」の発送を開始。
対応を間違えたらプロギアはなくなるぞ……。
しかし、そこからの対応は、メーカーの常識にとらわれない、迅速かつ独創的なものだった。山本は、すでに購入したユーザーに対して、ルール適合ヘッドとの交換を約束する一方で、R&Aが行うペンデュラムテストとほぼ同等の結果が得られる、独自の「CT値測定器」の開発に着手したのである。
「当初は、増産途中だったヘッドの検査を精密にやり直して、クリアしたものを交換用ヘッドとして使用することを考えていたのですが、R&Aのほうからは、当時の我々の検査のやり方では、それでもルール不適合品が出る可能性を指摘され、それならば、まずきちんとルールにのっとった形で、『CT値』を正確に計測できる機械の開発から始めないといけないと思ったわけです。ヘッドは全体を再設計していたのでは時間がかかりすぎてしまうので、フェースだけを厚みを変えて再度製作し、組み上げることを考えた。『RS-F』は、発売当初、売れ行きが好調すぎてバックオーダーを抱えていたのですが、適合リストから除外された当時は生産体制を強化してやっと注文に即時対応できる体制が整いつつあった時期でした。しかも、そのとき工場に残っていたヘッドは、フェースをすでに溶接した状態のものがほとんどで、廃棄しなければいけないヘッドの数は、通常では考えられないほどの割合になりました。それでも、『お客様を待たせるわけにはいかない』、『信頼を裏切るわけにはいかない』という思いで、検査実験とフェースの再設計を急ピッチで進めました」(山本)
新しい検査機をイチから開発して全数チェックする。迷いはなかった
当初、交換用ヘッドは2017年2月頃から順次ユーザーに届けられるはずだったが、検査機器製作という、通常であれば半年、1年単位のプロジェクトが加わったため、実際に交換がスタートしたのは3月に入ってからだった。それでも、新たな検査機器を完成させ、それによる全数検査実施を工場に説明・納得させ、交換ヘッド発送まで、ほぼ3カ月で行ったというのは、信じられないほどのスピードだと言わざるを得ないだろう。そこには、「ここで対応を誤ると、『プロギア』の存在自体が危ない」という山本の危機意識があった。
山本は、「交換にかかるコスト面については、まったく頭にありませんでした。あったのは、この事態に際してユーザーが『何を求めているか』ということだけでした。であるならば、ヘッドの無償交換は当然として、交換されたヘッドが、交換前のヘッドよりも明らかに『飛ばない』ものであったら意味がない。確実な検査体制を整えて、上限の239+18μsの257μs(マイクロセカンド)に迫る『ギリギリ』のレベルでないと、納得してもらえないだろうと考えたわけです。また、販売店や代理店を通じて、『ルール違反を指摘されたからといっておとなしくならないでほしい』というお客様の声が数多く届いていたことが、我々の励みになりました」と語る。
(後編につづく)
週刊GD2018年7月3日号より