ペブルビーチの17番、ワトソンの覚悟
もう十年以上(2004年当時)も前になるが、トム・ワトソンと対談したことがある。
そのとき主要な話が終わって雑談になったとき、これまでのキャリアのなかでベストスリーのショットを選ぶならば、USオープンの勝利をもたらしたぺブルビーチの17番の第2打は、そのうちのひとつに入るのではないか、と私はたずねた。
当然、イエスと答えるだろう、と予想していたのに、ワトソンは「あれは確かにグッド・ショットだったが、皆さんが考えたほど難しいショットではなかった」と言った。「それ、本当ですか」と聞きなおした。
「本当ですとも、わたしはショットの前にキャディのブルースに、これを入れるぞ、といったくらいでしたから」
ここから先はワトソンの言葉ではなく、わたしの解釈なのだが、ラフに入ったボールのライを見たとき、出すのがやっとの状態であれば、「入れるぞ」というような"放言"はしないはずである。なぜならワトソンは大言壮語をするタイプの男ではないからである。
つまり、ラフには入ったが、芝草がからみつく根っこに沈んでいる状態ではなかった。それどころか、芝の間に浮いている感じのライだった。俗な言い方を使うと、「よし、これならイケるぞ。バーディだって不可能じゃない」と感じたのだろう。
また、これもわたしの独断だが、ボールのライのよさだけではなく、二クラスが4アンダーの同スコアで、すでにホールアウトしていたことが、心理的にプラス効果をもたらした、と確信している。
この1982年のUSオープンの本命は二クラスだった。彼はこのコースを得意にしていて十年前のUSオープンやプロ入り前の全米アマでも勝っている。まして大試合になると強いのが二クラスの特徴である。
ワトソンが全英オープンやマスターズで二クラスに競り勝ったとはいえ、アメリカ人にとっては最高の舞台であるUSオープンに関しては、すでに4勝している二クラスの足元にも及ばない。
そこまでのメジャーの勝ち数に差があるのは、ワトソンが十歳年下だから致し方ないとして、ナショナル・オープンで1勝もできないのでは二クラスの後継者にはなれない。それに舞台はスタンフォード大学の学生時代からプレーしてきたぺブルビーチなのである。
ワトソンとしても、心中ひそかに期するものがあったはずである。だが、試合展開は大方の予想に反したものとなった。
予選ラウンドを終わってトップに立ったのはオーストラリアのベテラン、44歳のブルース・デブリン 5アンダー(70・69)。
ワトソンは8位でパープレー(72・72)。二クラスも8位(74・70)。また10年後に勝つトム・カイトもやはり8位。
キャディのブルースに「これを入れるぞ!」
ムービング・デイの三日目。ワトソンは強気のパットが冴えて4アンダーでトップに立った。全英オープンに勝ったビル・ロジャースも4アンダーの首位タイ。前年勝者のデビッド・グラハム(オーストラリア)2アンダー、デブリンもこの日は75で2アンダー。二クラスは首位と3打差、じゅうぶんに優勝を狙える7位タイ。
最終日。二クラスはカルビン・ピートとの組で、最終組のワトソンより2組前のスタートだったが、短い1番でボギー。やさしい2番のパー5(当時)でバーディを取れずに、いやな感じの出だしだった。ところが、そのままズルズルと落ちないのが二クラスの凄いところである。3番から7番までの5連続バーディであっという間にトップに立った。
次の8番は、海越えの難ホールだが、二クラスは第2打をラフに入れ、寄らず入らずのボギー。それは仕方ないとして、11番を痛恨の3パットでボギー。そして2組あとのワトソンはここでバーディを奪って5アンダーの首位。その前の10番で第2打を崖に打ち込み、大ピンチだったのに長いパットを入れてパーだった。要するに、この11番での3パットと1パットが運命の岐路であり、世代交替を象徴する場面だったのだ。
このあと二クラスは15番バーディ、ワトソンは16番ボギー。そして17番を迎える。
この時点でロジャースらは脱落しており、相手は4アンダーでフィニッシュした二クラスのみ。そのことを確認し、奥に外したボールのライを見たとき、ワトソンに勝利の予感があったに違いない。
ずっと目標としてきた二クラスだけが相手だと知ったことが、ワトソンの心理にプラスの作用をもたらしたのだ。18番のバーディはいわゆるおまけにすぎない。
伝説の一打・追記
17番はカーメル湾に突き出た岬突端のパー3(当時209ヤード)。ワトソンは2番アイアンで攻めたが、海風に流されグリーン左奥の深いラフへ。ライは左足下がり、ピンまで約6ヤード。素振り2回の後、サンドウェッジで打った球はふわっと上がりチップイン。敗れたニクラスは「成功確率1000回に1回」と語った
※チョイス2004年5月号「名勝負十戦」記事(文/三好徹)を再編集したものです。
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