ゴルフダイジェスト社チョイス誌は、毎年「日本のベストコース100」を発表している。ゴルフ場ランキングはその他いくつか存在するが、チョイス誌のランキングが日本で最も歴史が長いものである。そこに挙げられコースは、戦前もしくは戦後まもない1950年代に開場した、いわゆる「クラシックコース」に分類されるものが多い。
戦後の復興、まだ重機のない時代に、人力によって土を動かし生まれたコースである。人力で動かせる土の量には限界がある。そのため、土を動かさぬともゴルフプレーに適した起伏を持った、まさに自然の地形を生かしたゴルフコースである。
日本のコース設計は「クラシック」「ジャパニーズ・スタンダード」「アメリカン」「ニューアメリカン」「モダンクラシック」の5期に大別できる
日本のゴルフコース設計の第一人者である井上誠一は、1932年開場の廣野ゴルフ倶楽部の地形を羨んでいた。「池あり、流れる川あり、森あり、地形の変化あり。非常に面白くできている。このような素材が思うままに駆使できれば、面白いコースになります」と本音をもらした。
井上誠一は、関東の武蔵野台地に広がる松の森を切り拓いた林間コースを数多く残したため、その作風から「平坦コースの巨匠」という印象が強い。しかし、井上が生涯手もとに置いていたのが、アリソンが描いた東京GC朝霞コースと、自らの集大成と語る南山カントリークラブの設計図だった。南山には、池があり、川があり、森もあり、地形の変化もある。
1960年代にはいると、ゴルフ場造成が一気に加速する。重機が山を削り、ゴルフ場用地を造り出していく。ゴルフ場のホームページを見ると、「自然の地形を生かして……」という決まりきったフレーズがやたら登場するが、この時代のものの中には、少なからず人の手によって造られた「自然風の地形」も存在するはずである。人の手を加えなくてもできる理想的な適地は、1950年代にゴルフ場が出来ている。そう考えると、1960年代、70年代……時をおすほどに、ゴルフ場適地が減っていくことは容易にわかる。
どんな名設計家でも、自然の起伏にはかなわない。アリソンにしても、朝霞コースの用地がほぼ平地だったため、約100万リューベの土を動かし、マウンドを造り、池を掘った。しかし、川奈ホテル富士コースと廣野ゴルフ倶楽部では、目の前に広がる自然の地形に興奮している。名設計家のやるべきことは、自然の中にある素材を、どうルートプランに組み込み戦略性を高めるか、ではないだろうか。
日本の国土の7割以上は山林である。ロバート・トレント・ジョーンズJrは、日本を「ヤマランド」と呼び、日本ではゴルフプレーは山で行うものと言った。しかし、ゴルフ場を造る側は違う。武蔵野台地の平坦な林間コースを「最良」とし、コースはできるたけ平坦に、フラットにすることを第一とした。山間部に平坦な地形を生み出すために、山の上下方向ではなく、横方向にコースを展開することで平坦な地形を造り出したため、日本特有のいわゆる「段々畑」のコースが生まれることになる。井上誠一は、九州のゴルフ場用地視察の際に、海から段々畑のコースを見つけると、「ああいうのはゴルフ場とは呼ばないね」ともらしたエピソードもある。
2グリーンの丘陵コース「ジャパニーズ・スタンダード」
さらに、日本特有と言えば、2グリーンである。夏の高麗、冬のベントというように季節によってグリーンを使い分けるコースが主流となった。これに関しては、当初苦肉の策だったが、1970年代に入ると、ゴルフブームが起こり、ゴルフ人口が増えると、1グリーンだろうが、2グリーンだろうが、「そんなこと、おかまいなし」。ゴルフの大衆化とともに、造る側も、プレーする側も、日本のゴルフの先達が目を見開いた「本物の戦略性」という考えは希薄になり、2グリーンの丘陵コースは、「ジャパニーズ・スタンダード」となった。
2グリーンのどこがいけないのか。専門家はターゲットの絞り込みが曖昧になる点を指摘する。本来、ターゲットはグリーンに向かって、狭まるのが普通。しかし、2グリーンでは逆に広がってしまう。2つのグリーンをセパレートするために、グリーンとグリーンの間にバンカーを設け、左右にバンカーを配置するパターンになりやすく、グリーン周りのバリエーションが単調になるという。グリーンが2つあると「戦略ルート」は、ホールの真ん中に置かざるを得ない。しかし、関東、中部、
関西とゴルファーの多い地域では、気候の寒暖差があるため、2グリーンにするしかなかった。関西以西、九州では、ベント芝を維持管理する技術がまだなかったため、高麗の1グリーンという選択をしたコースも多い。
1970年代に入ると、外国人設計家による「アメリカンコース」が輸入されるようになる。
グリーンは大きめ、うねる傾斜を称してポテトチップグリーンと呼んだ。戦略ルートに池が造られ、水際設計も見られるようになった。1973年にプロのツアー制度が施行させるとトーナメントがテレビで放送されるようになり、大会が開かれたコースを「トーナメントコース」と呼ぶようになった。1980年代のジュンクラシックとロペ倶楽部の人気は、まさにトーナメントの影響が大きかった。ジュンもロペも、これまでの日本のコースには珍しかった池がらみの水際設計がフィニッシングホールとなり、トーナメントにスリルを持ち込み盛り上げた。グレッグ・ノーマンやジャンボ尾崎が、池を恐れずグリーンを狙っていき、ときにウォーターショットを披露したこともあった。両コースのように、アメリカンコースに影響を受けた「ジャパニーズ・アメリカン」が増えていった。
日本ではアリソンに関係なくても、深いバンカーを総じて「アリソンバンカー」と呼ぶ習慣がある。
アメリカンコースの水際設計の登場以前は、深いバンカーでガードし、打球の侵入を拒む設計が多くみられたが、1980年代後半から1990年代に見られる外国人設計家によるコースが増えると、バンカーだけでなく、ウォーターハザード(現ペナルティーエリア)が当たり前のように戦略性に組み込まれるようになる。
1991年をピークに日本はバブル経済に沸く。ジャック・ニクラス、ピート・ダイ、ロバート・V・ヘギー、R・T・ジョーンズJrといった有名設計家が、多くのコースを造った。1970年代日本に造られたアメリカンコースよりも、さらに戦略性が高められた「リスク&リワード」(危険と報酬)という戦略型に科罰型が加わった世界基準の「ニューアメリカンコース」が誕生する。
この背景には、「オーガスタシンドローム」が存在する。毎年4月に開催されるマスターズのように、グリーンはガラスの上を転がるようにスピーディにしてほしい、池がらみホールを造りたい、バンカーの砂は白にしてほしい、などなど。そういった意味では、バブル経済によって、日本に「世界基準」が持ち込まれたことは、よかったことと言える。
2000年代に入ると、社団系のクラシックコースが「世界基準のモダンクラシック」をテーマに、リノベーションを行う動きが見えてきた。リース・ジョーンズやクーア&クレンショー、トム・ファジオといった現在米国だけでなく世界で活躍する超一流設計家によって、クラシックコースは生まれ変わろうとしている。
2019年、廣野ゴルフ倶楽部も、英国のマーティン・エバートによって改造が行われている。今回の改造は1932年のアリソン原設計回帰というものだ。
このように日本のゴルフコースは、戦前から1950年代までの「クラシックコース」、1960年代から70年代の「ジャパニーズ・スタンダード」、1970年代の「アメリカンコース」、バブル期の「ニューアメリカン」と姿を変え、新設コースの開発がなくなった2000年代からは、改造改修、リノベーションの時代になりクラシックコースは「モダンクラシック」へ、ジャパニーズ・スタンダードは、ベントの2グリーン化や1グリーン化の大規模改造の過渡期にある。アリソンの来日から90年の間に、大きく分けると5度の変革期があったことがわかる。
時代時代でゴルフコースのスタイルが変化してきた日本だが、大多数を占めるのは「ジャパニーズ・スタンダード」の2グリーンの丘陵コースである。そして、残念なことにジャパニーズ・スタンダードの評価は、一部のコースを除いて高くないことも確かである。ゴルフダイジェスト・チョイス誌の「ベストコース100」においても、トップ10に入るのは龍ヶ崎CC(設計/井上誠一)の1コースのみで、他9コースは1グリーンのクラシックコース、または1グリーンに改造された「モダンクラシック」に属するもの。ここまで何度も説明したように、2グリーンはターゲットが絞り込まれないため、戦略性が乏しいという理由で評価されない傾向にある。
しかし、ホームコース(会員になる)という観点で見たら、どうでしょう。日本の2000余りのコースを俯瞰して見れば、有名設計家の1グリーンのチャンピオンコースがキラキラ光って見えるのは確かだが、コースの目利きだった故田野辺薫氏が書き残した「美しい日本のゴルフコース」(当サイトでは、「ゴルフコースことはじめ」で連載)にある「ジャパニーズ・スタンダード」にも魅力たっぷりのコースが多数ある。
「普通が最良」。アベレージがいいスコアを出して、気持ちよく帰れるコース
月に2回、年に24回、10年で240回……。ホームコースを決める場合は、まさしく自分の家にいるかのようにプレーできるゴルフ場が望ましい。肩肘張らずに気負うことなく、ゴルフって楽しいなと感じられるコース。今回のコラムのテーマである富澤誠造のコース設計には、「普通が最良」というメッセージが込められているのではないだろうか。設計家が要求するショットしか許されない息苦しさよりも、乗らずとも3打目勝負でパーを決める、そんな楽しみがあったりする。富澤誠造は、井上誠一の弟子筋のため、井上同様、「上級者には難しく、アベレージには楽しくプレーをしてもらいたい」と考える。アベレージだって、たまにはいいスコアを持ち帰りたいもの。だから、「ストレートでも、フェードでも、ドローでも、攻めることができるコース。その邪魔をする木は切ってしまえ」。富澤誠造はアベレージゴルファーにやさしい設計家と言えるのではないでしょうか。
田野辺薫氏の「富澤誠造セレクト」は、千葉CC川間、高坂CC、府中CC、栃木CC、琵琶湖CC、小田原湯本CC、藤ヶ谷CC。これらはジャパニーズ・スタンダードの名コースと言える。この中にはもともと2グリーンでスタートしたが、近年1グリーンに改造したコースもあるが、設計に一番大事なのは「ルートプラン」である。グリーンは改造されても、ルートプランを考案したのは、まぎれもなく富澤誠造である。
富澤誠造設計コース会員権情報(西日本)
【三重県】
コース名 | 売り | 買い | 名変 |
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中日 | 相談 | 相談 | 100 |
島ヶ原 | 240 | 180 | 50 |
【滋賀県】
コース名 | 売り | 買い | 名変 |
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琵琶湖 | 700 | 510 | 120 |
蒲生 | 90 | 55 | 10 |
【岡山県】
コース名 | 売り | 買い | 名変 |
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日本原 | 停止中 |
【広島県】
コース名 | 売り | 買い | 名変 |
---|---|---|---|
賀茂 | 28 | 100 |
【鳥取県】
コース名 | 売り | 買い | 名変 |
---|---|---|---|
大山平原 | 80 | 35 | 30 |
【香川県】
コース名 | 売り | 買い | 名変 |
---|---|---|---|
高松 | 120 | 相談 | 10 |
【福岡県】
コース名 | 売り | 買い | 名変 |
---|---|---|---|
有明 | 100 | 70 | 10 |
【佐賀県】
コース名 | 売り | 買い | 名変 |
---|---|---|---|
北山 |
【熊本県】
コース名 | 売り | 買い | 名変 |
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熊本空港 | 260 | 相談 | 50 |
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