【ゴルフコースの評価基準】
ゴルフコースを評価する「7つ」の項目がある。①ショットバリュー、②難易度、③デザイン・バランス、④ホールの印象、⑤景観の美しさ、⑥コンディション、⑦伝統・雰囲気。この7項目は米国ゴルフダイジェスト、ゴルフマガジンが発表するランキングの評価基準にもなっている。当コラム【伝説の名勝負。ヒーローの足跡】は、このコースでどのような「歴史」が作られ、「公式競技」を開催したかを掘り起こすことで、「伝統と雰囲気」をみるものです。
勝利への粘り、執念が呼び込んだ大詰めの大逆転
難しいコースにくる程に、技術の違いが見える…。
一流プロと三流の間には、ラフからの球捌きに格段の技術的な差の開きがあった。アマチュアゴルファー、そして三流にはラフからのショット時、スウィングの変化が出ている。フィニッシュが極端に低くなっており、脱出するために右腕1本の力に頼っている様子。球にクラブヘッドをぶっつけてゆくためボールの手前の芝に負け、ヘッドの加速性が極端に削がれていた。
一流プロはスウィングスピードの鋭さで球を捌いている。ゆえに、ヘッドの加速性を維持できている。
球の方向性というものは、ヘッドの清澄な加速性がもたらすものである。スクェアというのは、振りの鋭さから生まれる。キチッとしたアドレスと、ピタッとくるフィニッシュの型を作り、あとは一気に振り抜く。これがスクェアの原点である。ラフからのショットでも、フィニッシュの位置が変わらない。これは技術である。
コーライ芝では「腰ダメ」スウィングで十分間に合った。しかし、粘りっ気のあるベント、あるいはバミューダ芝には、振りの鋭さで対処するのがベスト。腰をタメて、トップで作ったコックで打ってゆくと、芝の粘着力にヘッドが絡みつかれ、距離は出せても方向性が出せぬ結果となる。
力のある者が上位に来るというが、フィニッシュの位置を崩さぬスウィングの持ち主が上に来ているというべきであろう。ラフからのショットを見ていると、その技術の違いが極端に出ていた。
青木功は言う。「入れてもいいラフと、入れちゃいけないラフとがある。その辺りを見極めないとスコアは作れぬ。ここのラフに無茶は通じない」
青木、尾崎将司、中嶋常幸は、芝生の性質を読む能力に長けている。この芝からは、この種類の球を出すべきだ、出る筈である、という球捌きの状況判断の的確さがある。
尾崎健夫、直道、倉本昌弘、川岸良兼。アメリカ、ヨーロッパの芝を経験した者の球捌きは秀逸、球足を殺したり、生かしたりする技が光っていた。大地からゴルフの技は生まれてくるものと思う。アメリカの技を知りたければ、アメリカの大地を踏むべきであろう。
10月5日、金曜日──。
4番ホール。尾崎のセカンドショット。青々としたラフの中、9番アイアンだったと思うが、ターフがスパーッと取れた。
測ってみた。56センチあった。低く入って、低く抜けている。多少のスライスターフ跡。17センチ入って、球をとらえ、球に当たった後のフォローターフ跡は39センチあった。
尾崎のクラブヘッドは地面に添って走る事の、鮮やかな証明の後であった。フォローの長さは、叩き腕より、右腕の差し込み腕によって得られる。右ひじ、右手首の角度を崩さぬようにして、トップからインパクトへ右腕を差し込んでの練習は重要と思う。
中嶋に追いつかれ、微妙に狂っていったジャンボ
今週のゲームには、(ジャンボの)真打ちキャディ佐野木がついている。
呼吸が合っていた。2人の歩調はしかと合い、100ヤード歩いて歩数の違いは3歩のみ。アメリカのプロキャディは常に選手の歩調をチェックしている。選手の歩幅に合わせた歩きをしてくる。リズムというものに対して、常に注意を払っている。佐野木は尾崎がショットを乱した時、スッと大股歩きなって尾崎の3ヤード前に出、そのまま球の位置に先行してゆく。この呼吸が真打ちと言われる所以であろう。
今週の佐野木はさり気なく歩いている。煙草を出すタイミングもさり気なく…。2人の波長がピタッと合っているのを感じた。アメリカでの2人は、時に歩調を乱していた。その理由はわからぬ。
尾崎はアイアンショットを左から右へのルートで打っている。フェード一辺倒という感じであった。アドレス時、手首の位置を起こして構えていた。いわゆるハンドアップ。左手首への負担を軽くするためなのか、それともヘッドをスパッと軽く抜いてゆくためのハンドアップなのか、その辺りは試合が終わってから聞いてみたい領分。
16番パー5、グリーンエッジから10メートル近い第4打。クラブはパター。バックスウィングでほんの少しヘッドが芝にひっかかった。その反動でダウンが強くなった。球は走った! ピンにカツンと当たった。そして沈んだ。ツキがあった。尾崎には運が生じてきている。
3つのツキが重なれば運になり、運が3つ重なれば実力になる。その実力が重なれば勝利者であろう。
尾崎の運の厚さを感じた16番バーディであった。ダフらせる事は、テクニックのひとつである。トップボールをテクニックとは言い難い。距離がつかめぬゆえに──。
浅いラフからでは、フライヤーに注意すれば、多少の芝の噛みはヘッドをスクェアにしてくれるものである。ただし、高い持ち球が必要。持ち球の低い人には不向きな技である。
クリーンに球を捉えようとすると、柔らかい芝はコスリ球を生じさせる。沈むライに対して、ヘッドを合わせてゆくからである。ダフリ覚悟で、手前からヘッドを入れてやるのは、ベント芝へのテクニックと思う。それを尾崎は頻繁にやっていた。叩きに行かず、差し込むフィーリングゆえにできる技ではあるが…。
尾崎の浅いラフからのショットは巧みである。4年前のカシオオープン時、尾崎の技をイアン・ウーズナムは盗んでいた。バレステロスも、尾崎のヘッドの使い方をカシオでジーッと見つめていたのである。今、ヨーロッパの一流どころは、この技を多用している。アメリカツアーの連中もやりだした。尾崎の技は、海外へ渡った。尾崎が言う、「ダフリをカマス」というショットは技である。
今週の尾崎の右手のカンは鋭すぎるのか、3~5メートルのパット時、バックスウィングがやけに小さくなっている。俗に言う、インパクトフィーリングが出ていた。小さく上げて、コンとヒットしている。インパクトの瞬間、フェースが戻り切らず、球は右に出た。尾崎のミドルパットの原因は、カンの鋭さから生じるトップの小ささにあるのではあるまいか。
こうなると、才能が才能を潰すという類いなのかもしれない。
パット時、右肩で球を追えば球はコスれる。当然、球足は弱まる。ドライバーからサンドウェッジ迄は肩でスウィングし、右肩で球を追う感覚も必要であろう。しかし、パットでの右肩追いはまずい。尾崎はタマにこれをやる。特に世界のメジャー競技で――。
10月6日、土曜日。微風、曇天。前半、中嶋は1.5メートルをカップど真ん中より入れていた
アイアンショット──中嶋は風に球を乗せていた。
尾崎は持ち球のフェードで左から打ってきている。スタンスの向きが前日迄と少し変わっていた。左つま先が閉じられ、その分、オープンスタンスが浅くなっている。またアドレス時のグリップの位置が下がり、前日よりはハンドダウンになっていた。微妙にアドレスが変わっていた。
13番パー4、セカンド地点。風はフォロー。
先に打つ中嶋のところへ尾崎がさり気なく寄ってゆき、さり気ない動作で中嶋の持つクラブを見ていた。中嶋は暫くの間、クラブを抜かなかった。風の強さを測っていた。その間、尾崎はさり気ない風情で、中嶋を待った。
中嶋はフルショットしていった。球はピン奥のラフにポロッと入った。このホール、寄せをショートさせてボギー。尾崎は3メートルを入れてバーディ。ここで流れが変わった。
セカンド地点で、何かが起きたように見えた。このホールの後、中嶋のパットが雑になっていった。それ迄は30センチに対して、極めて慎重に挑んでいたのに…。
プレスインタビュー室の尾崎。
── 最終日の課題は?
「キャディのライン読み違いだよ!」
これにプレス61名全員が笑った。しかし思った。尾崎の鋭すぎるカンがインパクトでラインを変えるかもしれない。そうなると泥仕合になるやも…。
尾崎は語った。「やり甲斐のある3日間だった。勇気をもって明日に臨みたい」。尾崎8アンダー、川岸良兼5アンダー、中嶋4アンダー、青木功3アンダー。
ポプラの葉が、一陣の風にササァーと散った。10月7日の最終ラウンド
早朝より風強く、潮騒の音高し。
6番の543ヤード。中嶋は2.5メートルを入れた。尾崎は1メートルを外した。
7番185ヤード、パー3。尾崎はティショットをピンまで17ヤードショートさせて、手前のラフ。アプローチは2メートルショート。バックスウィングもフォローも十分に出ていたが、傾斜のカベにツツッと当たり、球はククッと止まった。そしてこれを外す。差は3つ。
尾崎、中嶋とも無表情。
8番、中嶋は下り5メートルのパーパットをいれた。
9番、4メートルの上りを入れる。
10番、尾崎は2メートルを外した。バックスウィングがやけに小さかった。インパクトの瞬間、右肩が沈んだ。
12番、191ヤード、パー3。中嶋のティショットはピン1メートル弱についた。尾崎は右手前バンカー。
銭函コースのバンカー砂はしまっている。ゆえに、弾きが強い。柔らかくヘッドを入れようとしても距離が作り難い。締まった砂がソフトタッチを弾くのである。短い距離のバンカーショットでは、浅く、カットにヘッドを入れてスピン回転の強い球を出し、それで止めるしか方法のなかった様子。エクスプロージョンの難しいバンカーの砂であった。
尾崎のバンカーショットは4メートルオーバー。球はグリーンをすべるようにして転んだ。このパーパットを外した。球が横回転しているように思えた。
中嶋の談。「ああ…これで並んだんだなあと思った」
尾崎のパットは外れ続けた。中嶋のパットは入った。「パターに関してはノーミスだった。それが自分を支えてくれた」というアプローチとパットが、尾崎に重圧をかけ始めていた。
15番パー4。尾崎のセカンドはグリーン左手前のラフ。左足上がりの易しいライ。バックスウィングが小さかった。球はコツンと飛び出し、ピン2.5メートルオーバー。
尾崎のカンが一層、強まったのか、インパクト合わせが生じたように思えた。鋭きカンゆえに、バックスウィングが小さくなり、インパクトが強まり、オーバーアプローチが連続して出てきたのか…。
16番のアプローチもオーバー。狙っていた目線位置と、球の落ちた地点に3ヤードの狂いがあった。
このボギーで尾崎の眉間のシワを尚の事、深くした。
佐野木の眼がギョロついていた。ここでゲームの流れに勢いがついた。尾崎将司のカンは天才のカンである。そのカンの鋭さが、重圧の下で尾崎を自滅へと走らせたのでは?
中嶋のアプローチとパットが尾崎に重圧をかけていったのは間違いないことと思う。
尾崎は言う。「一言でいえばコースとの戦いに徹しきれなかったということ。こんな事もあるだろう」「トミーが奇跡的なパットを何回も入れ、段々と追い込まれていってしまった。信じられないぐらい、強烈に入ったよ。本当に参った」
2人の戦いは、これからが本当の戦いになってゆくであろう。帝王尾崎と、帝王中嶋と…。
1990年日本オープン最終結果
1位 -7 中嶋常幸
2位 -5 尾崎将司
3位 -3 川岸良兼
4位 -2 青木功
5位 +2 金井清一
6位 +3 鈴木弘一 加瀬秀樹 井戸木鴻樹
小樽カントリー倶楽部・新コース
北海道小樽市銭函3-73
18H・7467Y・P72
新コース開場/1974年
コースレート75.8/スロープレート142
コースタイプ/シーサイド
グリーン/ベント(ペンA-2)1グリーン
設計/安田幸吉
1999年改造/ダミアン・パスクーツォ
公式ホームページはこちら
(週刊ゴルフダイジェスト1990年10月23日号)
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