「とにかく、うれしい」。公式戦という大舞台で、念願のプロ入り初勝利。でっかい仕事をやり終えた湯原信光が、万感の思いを噛み殺して、最初に発した言葉がこれだ。「まず1勝を挙げる。そして、できたら日本シリーズに出場したい」。それが湯原の今年の目標だったが、2つともこの日同時に達成された。父親と「5年以内にトッププロになれなかったら、家業を継ぐ」という約束を交わしてプロ入り。湯原にはそれだけの自信があった。が、勝てそうで勝てなかった。

湯原は学生の時から「烏山城」を数えきれないほどプレー、知り尽くしている

画像: 舞台は烏山城、湯原信光が知り尽くしたコースだ

舞台は烏山城、湯原信光が知り尽くしたコースだ

【ゴルフコースの評価基準】
ゴルフコースを評価する「7つ」の項目がある。①ショットバリュー、②難易度、③デザイン・バランス、④ホールの印象、⑤景観の美しさ、⑥コンディション、⑦伝統・雰囲気。この7項目は米国ゴルフダイジェスト、ゴルフマガジンが発表するランキングの評価基準にもなっている。当コラム【伝説の名勝負。ヒーローの足跡】は、このコースでどのような「歴史」が作られ、「公式競技」を開催したかを掘り起こすことで、「伝統と雰囲気」をみるものです。

先週のKBCオーガスタではプレーオフにまで持ち込みながら、謝敏男に敗退。「きっと神様がまだ勝つのは早い、といっているのでしょう」と語った。しかし、そう言いながらも、湯原の心の中には激しく燃えるものがあった。

「勝つ」その執念である。

初日は難しいピンポジションとベントグリーンに苦しみながら2アンダーで2位タイとまずまずの出足。

2日目は「パットしたボールでも風に吹きもどされるほど」(金井清一)の強風のもと、各選手がこぞってスコアを崩す中(予選通過は12オーバー)、パープレー(この日のベストスコア)にまとめて、ただ1人通算アンダーパーをキープして首位に立った。

3日目、新井規矩雄と船渡川育宏と最終組のラウンド。前夜の雨で芝はしっとりしめり、ときおりさわやかな風が吹く、絶好のコンディション。

画像: 歴戦の強者・新井規矩雄

歴戦の強者・新井規矩雄

湯原 「天候もいいし、ピンポジションも易しくなったので、ピンをデッドにガンガン狙っていきました。ここのグリーンはピンをデッドに狙ってもバックスピンがよくかかり、上りの易しいラインがのこりますからね」

口でこそ「ガンガン攻めた」というが、そのプレーはまるで10年選手を思わせるかのような落ち着きぶり。バーディパットを沈めても、また惜しくもはずしてもギャラリー受けをするようなオーバーなガッツポーズ、アクションはでない。常時同じリズム、同じ表情で黙々とグリーンへ、カップへと向かう。それはただ自分のゴルフに徹するということを自分に言い聞かせるかのように…。

湯原 「他人のスコアは気になりません。とにかく68を目標にして自分のプレーに徹しようと思っていました」

3日目の夜、「中国オープン倉本優勝」の報が湯原のもとにとどいた。日大ゴルフ部では先輩とはいえ、プロでは湯原の方が先輩。「よおし、負けちゃいられない。俺も絶対勝ってやる」――湯原の闘志に一層拍車がかけられた。

2位の新井に3打、3位の青木功に6打差をつけて迎えた最終日。大きなリードがあるとはいえ、相手は世界の青木に歴戦の強者、新井規矩雄である。並みのルーキーならそれだけでプレッシャーを感じ自滅する。

画像: 最青木終日最終組は、湯原・青木・新井

最青木終日最終組は、湯原・青木・新井

湯原は違った。プレシャーなどどこ吹く風か。自分のプレーに徹し、青木、新井を相手に堂々と渡り合った。

1番ロングでいきなりティショットを曲げ、左バンカー。何とか3オンしたものの、3パットのボギー。「オヤッ」と思わせたが「プレッシャーというより、気負いすぎたようで、力が入って左に行ったんです」と振り返る。

7番では通算4アンダーで、新井に並ばれ、青木にも2打差に詰め寄られた。その時でさえ「勝負は72ホールのトータルで争うものだから、そんな気にならなかった」という。

9番ロング。ティショットを左のガケ下に落としたが、リカバリーよく3オンに成功。8メートルのバーディパット――。

「とにかく一発で入れてやろうと、強めに真っすぐ打ちました。外れることは考えなかった」パットがカップの向こう側に当たり大きく跳ねて沈んだ。

画像: 勝負どころのパットも決まった

勝負どころのパットも決まった

14番で再び新井に並ばれ、勝負どころの17番ロング。新井のバーディパットは外れ、湯原は3メートルのバーディチャンス。

湯原 「これを入れれば勝てる。外れたらダメだと思いました」

自己暗示をかけ、プレッシャーを闘志に変えるこのしたたかさ――ボールはど真ん中からカップに沈んだ。

地の利もあった。烏山城CCは学生の時から「数えきれないほど」ラウンドしており、グリーンも知り尽くしている。

湯原 「グリーンオンしてどんなラインにあるか、という不安がないだけ、有利でしたね」

そして「青木さんの相手にダメージを与えるようなパットが決まらず、助かりました」と湯原がいうように、試合展開も有利に左右した。

画像: 青木は2打差の3位でフィニッシュ

青木は2打差の3位でフィニッシュ

その青木とは大会の前夜祭の時に顔を合わせ「ゴルフの技術を磨くことはいい。それ以上に勝ち方を身につけろ、と青木さんからアドバイスを受け、とても参考になりました」と青木にしては敵に塩を送った格好。だが、そのアドバイスをすぐに身につけ生かす若い力がある。

「今度は青木さんのもっと調子がいい時に対戦して勝ちたい」と意欲を燃やす湯原。最終らラウンドを振り返って、「気負いすぎは駄目ですね。もう一度初心に戻って頑張ります」と謙虚な反省も忘れない。

今、苦しみながら、苦汗を幾度か飲みながら、望みに望んだ一勝を手にした。それも関東オープンというビッグタイトルを。一度の「勝利の味」そして「勝利への道程」を湯原は知った。

秋のビッグトーナメントへ向けて、ようやく、湯原のダッシュがはじまった。

画像1: 湯原は学生の時から「烏山城」を数えきれないほどプレー、知り尽くしている

(週刊ゴルフダイジェスト1981年9月23日号)

【1981年関東オープン最終結果】
烏山城CC/6365メートル/パー72
1位 ‐6  湯原信光(エスビー食品)
2位 ‐5  新井規矩雄(アデランス)
3位 ‐4  青木功(日本電建)
4位 ‐2  小林富士夫(真名)
5位 +1 謝永郁(三井ホーム)
5位 +1 菊地勝司(フリー)
7位 +2 鷹巣南雄(鹿野山)
7位 +2 川波通幸(都賀)

(以下アマチュア)
15位+6 内藤正幸(富士平原)
22位+8 金子柱憲(東筑波)
25位+9 金谷多一郎(烏山城)
34位+12 中島和也(関東ジュニア)
38位+14 東聡(日本大学)

烏山城カントリークラブ
栃木県那須烏山市大桶2401
TEL 0287‐83‐1100
本丸/3595ヤード/パー36
二の丸/3583ヤード/パー36
三の丸/3598ヤード/パー36
コースタイプ/丘陵コース
グリーン/ベントの1グリーン
設計/井上誠一
練習場/280ヤード/バンカーあり
加盟連盟/JGA、KGA
会員権/プレー権で譲渡可
開場/1978年
最寄りIC/東北自動車道・矢板ICから26キロ
最寄り駅/JR東北本線・氏家駅
公式ホームページはこちら

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