昭和27年、麹町区紀尾井町、上智大学の土手下、四谷駅に隣り合わせて「四谷ソフィアゴルフ練習場」があった。毎日のようにその練習場でクラブを振る3人の仲間がいた。原為雄、高木進、長谷川正武の許に、神奈川県湯河原の吉浜町長から、ゴルフ場を造りたいという話が舞い込んだ。

高木進の仕事はゴルフ場造りに実績をもつ白石基礎工事常務。同社の専務にゴルフ場設計の第一人者・赤星四郎がいた。「よし行ってみよう」と、吉浜町南郷山の熊笹の林野を数時間調査した後、赤星は5万分の1の地図にレイアウト図を描いた。

赤星は、中途で計画から離れることになり、設計図はクラブハウス設計の東大教授・岸田日出刀博士に引き継がれる。別れる時、赤星は「理事長は南郷三郎に頼め」と高木に助言する。南郷は、明治、大正、昭和にかけて神戸港の発展に貢献、日本貿易協会会長などを歴任した財界人。

ゴルフでは神戸GC、鳴尾GC、茨木CC、廣野GCに関係、舞子CCの設立に、自費を使い携わった傑物。戦前の日本ゴルフ協会初代チェアマンであった。

画像: 11番ホール/275㍎/パー4 打ち下ろしの短いホールだが、左はOB。トラブルになりやすい

11番ホール/275㍎/パー4 打ち下ろしの短いホールだが、左はOB。トラブルになりやすい

画像: 14番ホール/457㍎/パー4 ティショットは一本檜方向へ。グリーン奥はOBなので、グリーン手前花道狙い

14番ホール/457㍎/パー4 ティショットは一本檜方向へ。グリーン奥はOBなので、グリーン手前花道狙い

クラブハウスの完全舗装が終わるまでに17年を費やす難工事だった

「場所が南郷山というのも何かの因縁」と南郷。自ら設計に加わったという。厳密にいえば赤星、岸田、南郷の共作である。

昭和28年5月9日、社団法人「吉浜カンツリー倶楽部」認可。それより早く4月5日起工式を開催、工事は吉浜海岸から3㌔の林道の拡幅から始まった。クラブハウスまでの完全舗装が終わるのは昭和45年、17年を費やす難工事だった。

コースは大成建設が担当、ダイナマイトで切り砕き、大きい岩はその場所に埋め込む工法で進められ、昭和29年10月24日9ホールを仮開場。昭和30年4月29日、18ホール・5995㍎・パー69の吉浜コース(湯河原カンツリー倶楽部)が本開場した。

画像: 10番ホール/515㍎/パー5 グリーンまで登りが続く、松を避けて狙っていく

10番ホール/515㍎/パー5 グリーンまで登りが続く、松を避けて狙っていく

画像: 相模湾を見下ろす風景が湯河原CCの宝物

相模湾を見下ろす風景が湯河原CCの宝物

画像: 赤い屋根のクラブハウス、ハウス設計も岸田日出刀。円形部分がレストラン。ハウス本体は建て替えられたがこの部分は保存され使われている

赤い屋根のクラブハウス、ハウス設計も岸田日出刀。円形部分がレストラン。ハウス本体は建て替えられたがこの部分は保存され使われている

湯河原カンツリー倶楽部
神奈川県足柄下郡湯河原町吉浜2020 ☎0465-62-2551
開場日:昭和30年4月29日
コース:18H/6251Y/P71
設計:岸田日出刀
公式ホームページはこちら

美しい日本のゴルフコースより(弊社刊)

取材・文/田野辺薫

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