このところ接戦、混戦の試合が少なかったが、今回は倉本昌弘、岩下吉久、陳志忠、サム・トーランスの4人が-9でゴールインするという、見応えのある試合となった。結果から先に言うと、プレーオフの1ホール目(18番パー5)でイーグルを奪った倉本が勝ったが、確か彼は、3年前の「東海クラシック」でも、4人によるプレーオフに勝っている。この時は、ほかの3選手が勝手に自滅した恰好で、ただ黙っているだけで優勝が転がり込むような、そんな楽な勝ち方だった。

【ゴルフコースの評価基準】
ゴルフコースを評価する「7つ」の項目がある。①ショットバリュー、②難易度、③デザイン・バランス、④ホールの印象、⑤景観の美しさ、⑥コンディション、⑦伝統・雰囲気。この7項目は米国ゴルフダイジェスト、ゴルフマガジンが発表するランキングの評価基準にもなっている。当コラム【伝説の名勝負。ヒーローの足跡】は、このコースでどのような「歴史」が作られ、「公式競技」を開催したかを掘り起こすことで、「伝統と雰囲気」をみるものです。

杉原輝雄(1937-2011)
優勝回数は国内男子プロとしては尾崎将司、青木功に次ぐ歴代3位。中学卒業後、関西の名門、茨木カンツリークラブに就職し、ゴルフを始める。162cmと小柄な体格をカバーするために、ドライバーを年々長くすることにトライし、1990年代には47インチにも取り組んだ。フェアウェイウッドと小技の名手としてし、1962年の日本オープンから、2008年の関西プログランドゴードシニアまで優勝回数63勝を積み上げた。関西だけでなく、日本ゴルフ界のドンとして活躍した。

ゴルフはネアカな性格が武器になる

画像: 最終日、倉本昌弘のドライバーショット

最終日、倉本昌弘のドライバーショット

ところが今回は、そうじゃない。プレーオフでは岩下、トーランスの2人が第2打をグリーン手前の池に入れて脱落したが、陳志忠が対抗馬として残った。

画像: スコットランドのトーランスはセカンドショットをグリーン手前の池に入れて脱落

スコットランドのトーランスはセカンドショットをグリーン手前の池に入れて脱落

陳志忠は、土壇場の18番でバーディを奪ってプレーオフに生き残ったのでもわかるとおり、しぶとい。しかも米国ツアーで揉まれて、したたかさを身につけている。

倉本にしてみれば厭な相手だったと思う。

その陳志忠がプレーオフの18番では、先に第2打を打ってバーディ確実の2オンに成功、後から打つ倉本に王手をかけた。

ところが倉本は、5番ウッドでものの見事にピンの右1メートル半につけて(2オン)、イーグルでケリをつけたのだから、東海クラシックの時とは、どだい内容が違う。

画像: 5番ウッドで勝利を手繰り寄せるセカンドショットを放ち、意気揚々とグリーンへ歩く倉本

5番ウッドで勝利を手繰り寄せるセカンドショットを放ち、意気揚々とグリーンへ歩く倉本

とにかく、堂々とした勝ちっぷりだった。

今回は、プレーオフの第2打でスーパーショットを生んだ倉本の5番ウッドが、我々プロの間でも話題になった。この5番ウッドについては、後で言わせてもらうが、倉本の勝因は、思い切りのよさと、ネアカな彼の性格にあると思う。

画像: ウィニングボールを投げる姿も倉本らしく豪快

ウィニングボールを投げる姿も倉本らしく豪快

ボク(杉原輝雄)がこんなことをいうと、「技術とパワーを忘れないでください」と倉本は言うかもしれない。

もちろん、それは認めた上での話で、あのパワーには外人選手でも呆れているし、また相応の技術がなくては年間6勝(1981年)もできるもんじゃない。

ゴルフという競技では「ネアカ」は、強力な武器だとボクは思う。

このところ、ゴルフが思うようにいかないこともあって、青木(功)は精彩がない。心なしか顔色も冴えん。そんな青木の表情を見ていると、「おかしいな、この男、こんなにネクラな性格だったかな」そう思えてくる。

たぶん、これが倉本なら、そんな感じはしない思う。

このところ、倉本は第3日目はいいが、最終日は崩れるゴルフが続いた。

ネクラ人間なら、そういうことは気になる。ところが倉本は、ボクが思うに、そんな過去のパターンなんかウジウジ考えず、さっと構えてさっと打つ、例のテンポでプレーしたんじゃないかと思う。

画像: ゴルフはネアカな性格が武器になる

戦いの舞台となった「袖ケ浦カントリークラブ」の紹介記事はこちら↓

倉本だったら…5番ウッドは「功罪あいなかばする」

ところで、話題になった5番ウッドだけど、褒めついでにいうと、彼が5番ウッドを使ったことで、一般アマチュアに少なからず好影響を与えたと思う。一般ゴルファー(ビギナーは別にして)の間には、アメリカの影響なのか、2番アイアンあたりをバッグに入れる傾向がある。

画像: こちらが倉本昌弘が使用した「HONMA EXTRA90」の5W。ヘッド素材はパーシモン(柿の木)

こちらが倉本昌弘が使用した「HONMA EXTRA90」の5W。ヘッド素材はパーシモン(柿の木)

画像: 当時のFWはスチールシャフトが当然だった

当時のFWはスチールシャフトが当然だった

こういうのは、つまらない見栄というか、愚の骨頂というもので、2番アイアンより5番ウッドのほうが打ちやすいに決まっている。

倉本なら1番や2番アイアンは楽に使いこなす。その彼が5番ウッドをバッグに入れ、そしてスーパーショットを披露して見せた。こんな説得力を持つお手本はない。

これで一般アマチア、いやアマだけでなくプロのこのクラブ(5番ウッド)に対する認識も変わるかも知れない。

画像: 優勝時の倉本昌弘のクラブセッティング。ウッドは1W、3Wに加えて5Wの3本体制。アイアンのバックフェースには鉛がべったり。パターはピンアンサー

優勝時の倉本昌弘のクラブセッティング。ウッドは1W、3Wに加えて5Wの3本体制。アイアンのバックフェースには鉛がべったり。パターはピンアンサー

もっとも、皆がこのクラブを使って上手くなったんでは、フェアウェイウッドといえばボクの売り物、それがなくなっては困るけど。

けど、余計な口出しかも知れんが、この5番ウッドは倉本にとっても「功罪あいなかばする」と思う。

これから倉本はどんどん海外へ出ていかなければならない。アメリカの腕っぷしの強い連中のなかにはいると、彼の大きなゴルフも「並み」になる。

本場の米国ツアーで勝つためにはドライビングアイアン、2番アイアンをどんどん使って、技を磨くことが大切と思う。

彼なら、5番ウッドを使うのは、47歳になって47勝してからでも遅くないと思うけど、どうでしょう。

クラブといえば、プレーオフの第2打で、聞くところによると岩下吉久はドライバーを使ったという。

ボクも、フェアウェイでドライバーをちょくちょく使うけど、左がOBか、トップしてもそこそこ転がっていく状況でないと使わない。

相手がパワーのある連中やから、パーでは勝てないと思って無理したのか、それとも自信があったのかは知らないけど、あれはどうかと思う。

もしかしたら「池にはまってもプレーオフに残れたのだから満足」そんな気があったのかも知れない。とすれば、欲のない話だと思う。

「東海クラシック」の1勝だけと、それに「ブリヂストン」を加えた優勝2回とでは、実績も今後におよぼす自信の度合いも違う。

あそこは、どうゆう理由があれ、第2打にドライバーを使わず、第3打とパットにバーディを託す「小兵」の執念をみせてほしかった。

画像: 大会には若き日のニック・ファルドも参戦していた

大会には若き日のニック・ファルドも参戦していた

1984年ブリヂストントーナメント最終結果
袖ヶ浦CC/6511メートル/パー72
1位 -9 倉本昌弘(土佐)
2位 -9 岩下吉久(藤沢ゴルフ練習場) 
     陳志忠(台湾)  
     S・トーランス(英国)
5位 -8 中島(中嶋)常幸(美津濃) 
     草壁政治(紫)   
      鈴木弘一(美野原)
8位 -7 N・ファルド(英国)
9位 -6 尾崎健夫(日東興業) 
     青木功(日本電建) 
     山本善隆(城陽)

週刊ゴルフダイジェスト1984年11月7日号

袖ヶ浦カンツリークラブ
千葉県千葉市緑区辺田町567番地
TEL 043-291-1111    
袖ヶ浦コース/7138ヤード/パー72
コースレート74.1/スロープレート135
設計/和泉一介
開場/1960年

袖ヶ浦カンツリークラブ(新袖)
千葉県千葉市若葉区富田町1140番地
TEL043-228-2221
新袖コース/6869ヤード/パー72
コースレート72.2/スロープレート131
設計/クラブコース委員会
開場/1965年

公式ホームページはこちら

現在の袖ヶ浦カンツリークラブ 袖ヶ浦コース

画像: トーナメントの最終ホール、グリーン手前に池が待つ18番パー5

トーナメントの最終ホール、グリーン手前に池が待つ18番パー5

昭和35年開場。袖ケ浦コース、新袖コースの36ホール。「新袖」は女子ツアー「ニチレイレディス」、「旧袖」は男子ツアー「ブリヂストンオープン」の舞台として有名。JR外房線・鎌取駅からクラブバスも運行しています。

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画像: golfdigest-play.jp
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