唐津ゴルフ倶楽部は、雲仙ゴルフ場(長崎・大正2年開場)と福岡GC大保コース(福岡・大正15年開場)に触発されたのが誕生のきっかけ。雲仙で温泉とゴルフを楽しんだ外国人の多くは、夏には、海水浴のため唐津の海を訪れた。

昭和9年、唐津を訪れる外国人は10数カ国360名に及んだ。国際観光都市をめざして市に昇格した唐津市が、ゴルフ場を考えたのは不自然ではない。

直ぐに「私がゴルフ場を造って市に寄贈しましょう」と申し出た豪気な人が現れた。高品質の石炭で知られた杵島炭坑主、高取九郎である。九郎は戦前からのゴルフ上手で大保コースでは〝佐賀の三傑〟といわれた。

画像: 12番ホール/310㍎/パー4左ドッグレッグホール。距離は短いので難易度は高くないが、奥に長いグリーンと左右のバンカーに注意

12番ホール/310㍎/パー4左ドッグレッグホール。距離は短いので難易度は高くないが、奥に長いグリーンと左右のバンカーに注意

土地と工事は唐津市、資金は高取九郎、運営は倶楽部という形で、昭和12年7月11日、唐津ゴルフ倶楽部は開場した。その規約第1条の冒頭は「本会ハ唐津市ノ発展に資シ…」とある。

所在地は、唐津市大字見借字馬場野。通称、馬場野コースといわれた。天智天皇時代の烽火台が置かれた土地だ。コースは9ホール、3015㍎、パー35。設計は、高取九郎のゴルフの師匠、新田恭一。

18ホール計画だったが、残りの用地に陸軍の射撃演習場があり、実現は55年後になる。昭和19年、福岡県の大保コースが陸軍に接収され閉鎖。整備機械を譲り受け〝死に水〟を取ったといわれた。

画像: 13番ホール/350㍎/パー4 谷越えの左ドッグレッグ。グリーンに向かって上っているため、2打地点からの距離感が難しい

13番ホール/350㍎/パー4 谷越えの左ドッグレッグ。グリーンに向かって上っているため、2打地点からの距離感が難しい

インとアウトの往復4時間をバスでつないだ時代もあった

昭和20年8月終戦。コースは、高取九郎が守った。昭和21年米軍第5軍海兵団が接収、24年6月解除。

昭和25年7月、客は多いがサンドグリーンの福岡国際(現、古賀GC、9ホール)と、コースは見事だが客のいない唐津GCが合併、九州カンツリー倶楽部をつくった。

福岡(アウト)と唐津(イン)の往復4時間をバスでつないだ。共に〝大保の子〟だったが、「唐津は遠すぎる」と、昭和27年、福岡国際は古賀ゴルフ・クラブとして独立、唐津GCも馬場野コース9ホールに戻った。

55年前、構想のまま幻に終わった18ホールが実現したのは、平成3年5月である。

画像: 1番ホール/375㍎/パー4 フラットで広いスターティングホール。右に大きく曲げると黒龍池、狙いは左サイド。左からの風を計算して、セカンドは右ガードバンカーを避ける。グリーンオーバー禁物

1番ホール/375㍎/パー4 フラットで広いスターティングホール。右に大きく曲げると黒龍池、狙いは左サイド。左からの風を計算して、セカンドは右ガードバンカーを避ける。グリーンオーバー禁物

唐津ゴルフ倶楽部
開場日:昭和12年7月
コース:18H/6710Y/P72
設計:新田恭一、㈱オオバ
監修:鷹巣南雄、金井清一、宮崎征二
佐賀県唐津市菅牟田64-1
☎0955-73-2933
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